は じ め に
最近は女房の行きたいという所へ女房を連れて行くという夫婦旅をしていましたが、
今回は「1人で行っても良い」というので、久しぶりに一人旅をする事になりました (^_^)v
それでイエメン、チュニジア、モロッコなどアラブ世界へ行こうと思い、インターネットで
格安航空券を探していましたら、エミレーツ航空で、カサブランカまで55,000円という、
とんでもなく安いチケットを見付けたので、即モロッコへ行くことに決めました。
この時期ですと、カサブランカまでは8万円から12万円というのが相場の値段ですので、
この55,000円という値段は、前代未聞の安さでした(これはキャンペーン価格)。
この時点で希望帰国日の空席は1席だけという状態で、すぐに押さえてもらいました
(帰国する時に解ったのだが、これはカサブランカからドバイまでのチケットで、
ドバイから日本までの便はガラガラに空いていた (^_^;)。
ただし、このエミレーツのドバイ便は、新しく出来た名古屋の中部空港から出ているので、
東京の人間にとってはとても足場が悪く、空港まで時間も費用も掛かります。
それで新幹線の切符を買うと、最大2万円のキャッシュバックが有るとの事でした
(要するに東京の人間は3万5千円で日本とモロッコを往復できるという事に成る)。
この恩恵が有れば、時間を気にしない人にとっては願っても無い航空券です。
今回の、モロッコへの旅の目的は三つ有りました。
そのトップが「モロッコに在る7ヶ所の世界遺産を全て見て周る」という事です。
それで旅へ出る前に、効率的にモロッコを一周して7ヶ所を巡るコースを考えました。
しかし、何時もの様に、途中でアッサリと変更をして仕舞いましたが、結果は上々でした。
「世界遺産のメディナに泊まる」という目標は、エッサウィラだけが時間不足の為、
最初から日帰りにしましたが、この町は結果的に日帰りでも良く、マズマズの成果でした。
2番目の旅の目的は「サハラ砂漠に沈む夕陽を眺めながらビールを飲む」という事でしたが、
ビールが手に入らず、ウイスキーで我慢して、ほぼ目的が達せられたいう処でした。
しかし、砂漠で氷を作り、氷の入った冷たいウイスキーを飲めるとは贅沢な事です。
そして3番目の目的が「大好きな昼寝をタップリとする」という事でした (^^ゞ
かなり以前に「インドへ昼寝をしに行こう!」という目的でインドへ出かけ、
日本での疲れを癒して帰ってきた事がありましたが、今回もそれを狙いました。
4月のイギリス旅行以来余り眠れず、平均睡眠時間が短くなり、睡眠時間が乱れていたので、
その調整を兼ねましたが、実に気持ち良くタップリと昼寝ができました (^_^)v
今回の旅は久しぶりの一人旅という事もあり、日本の若者達と旅先で話が出来ました。
旅行シーズンから外れたこの時期でしたが、結構多くの日本の若者が旅をしていました。
さすがにここまで来る若者達は、カオサンでゴロゴロしている様な若者達とは違い、
真面目に旅をしている若者達ばかりで、話をしていても気持ちの良い若者達でした。
モロッコの通貨単位はディラハム(DH)で、平均レートは1DH=約14.88円でしたから、
色々な値段は解りやすく、1DH を約15円 として換算しておきます。
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2007年5月21日(月)快晴時々晴 長い長い夜間飛行。
今朝は5時に起きたが、目が覚めた時から快晴のとても良い天気だった。女房は仕事だと言って
6時前には家を出て行き、息子達も仕事に出かけており、7時過ぎには自分1人になってしまった。
早速荷造りに取り掛かったが、昨日のうちに持って行く物は全部揃えていたので、30分も掛からずに
あっけなく終わってしまった。短時間で荷物のパッキングをしてしまうというのは、現役時代から
旅ばかりしていたので、習性に成っていると言えるだろう。
今回の装備品で、何時もと少し違うのは、寝酒用のウイスキーを入れて持って行くペットボトルが、
何時もの 500ccではなく1リットルにした事だ。そして水用のペットボトルも、やはり1リットルと
大きくしている。これはイスラム圏の地方の町ではアルコールの調達が難しいのと、暑くて喉が渇き
水を多く飲むだろう、という想定の元に用意したのだ(これは結果的に大正解だった)。
今日は月曜日なので、何時もの様に9時に歯医者へ出掛ける。歯医者は、6月の末まで来れないのは
解っているので良く見ていた。歯医者から帰宅して遅い朝食をとると何時ものように買物へ出かけ、
買物から帰宅すると旅装束に着替えて、今まで着ていた物を洗濯する。それから部屋の掃除をして
ゴミを出し、まったく何時もと変わらない模範亭主としての日常生活を過ごしていた。
自分にとって旅もこのような日常生活の延長線上に有り、普通の人が持つ「旅行へ出る」というような
高揚した特殊な気分とは程遠いものがある。これは40年近く毎年1年の半分以上を、日本全国を渡り
歩いていた現役時代から引き続くもので、行先が日本でも外国でも同じなのだ。旅の行先が北海道や
九州から、インドとかメキシコとか、モロッコなどに変わっただけに過ぎないのだ。
出掛ける準備が全て終わり、夕刊が配達されるのを待って、夕刊をざっと読んでから出かける事に
した。予定より少し早い14時34分に自宅を出る。荷物は軽いし天気は良いのでウォーミングアップを
兼ねて最寄の駅まで歩いて行くことにする。電車は直ぐにやって来て15時17分には池袋駅へ着いた。
接続が良く、直ぐに山手線に乗り込め15時19分に池袋駅を出ると、15時41分には東京駅へ着く。
この時間帯は新幹線の「のぞみ」は頻発しているので、わざわざ指定席は取らずに、15時50分発の
「のぞみ41号」に飛び乗り東京駅を出る。少々眠たいが、寝てしまうと寝過ごす可能性が有るので、
車内では寝るのを止めたが、朦朧としており、とてもガイドブックを開く気にはならなかった。
ぼ〜と景色を眺めていると17時33分に名古屋駅へ着いた。確かに以前の「ひかり」に比べてスピードは
かなり早くなっている。コンコースのインフォメーションで中部国際空港へ安くて、早くて、簡単に
行く方法を聞いたら「名鉄が良い」という返事だったので名鉄で行く事にする(事前にこの空港へ行く
交通機関などは何も調べてなく、まったくもって行き当たりばったりなのだ (^_^;)。
「名鉄名古屋駅ほど複雑怪奇な駅は無い」と以前から思っていたが、相変わらず解りにくいホームだ。
これでは地元の人間にしか解らない。ようやく普通の特急が来て、18時07分に名鉄名古屋駅を出る。
ちょうと夕方のラッシュ時でかなり混んでいたが、次第に空いてきた。空港駅は常滑線の先に出来て
いた。常滑の町には仕事で3〜4回来ているし、名古屋で仕事の合間に、釣に来たこともある所だ。

18時44分に中部国際空港駅へ到着する。ここは初めて使用する空港だが、改札口を出た広場の右側が
もう空港の入口になっており、成田や羽田、関空に比べてとても楽に出来ている。チェックインが
20時30分からなので、少し早く着きすぎたようだ。それでしばらく構内を見学することにする。
この空港はチェックイン・カウンター付近に椅子が無くて、成田空港のように休めないのだ(さんざ
探してAカウンターの端に、椅子が少しあるのをようやく見つけた。案内板にはこの休憩所のことは
書いていない)。上の階の売店などを見て歩き、休憩所の椅子に横になって休憩することにした。
そろそろ時間なので指定のカウンターへ行ってみると、もう受付が始まっていたので、列に並んで
20時20分にチェックインをし、休憩所へ戻ってまた横に成る。アナウスが有り、レストランや売店は
21時で閉店するという(ここは24時間稼動の空港ではないのだ)。客が居ないのだからそれもそうだ。
時間ギリギリになってもいけないと思い、
21時17分セキュリティ・チェックを受けて
中へ入り、21時20分に出国手続きをする。
やはりイミグレーションは窓口がふたつ
しか開いておらずお客が大勢並んでいた。
そのまま21時23分に19番ゲートへ行ったが
ゲートの待合室の端で、エミレーツ航空の
客室乗務員などのスタッフが集まって
ミーティングをしていたが日本人が多い。
この航空会社の制服はとても変わっており
帽子だけでなく、制服のスーツの色が
明るいベージュ色というのも珍しい。
待合室で休んでいると免税店は22時で閉店するとアナウスがあったが、空港もそろそろ店仕舞いの
用意をしている。空港では時間がタップリ有ったが、ガイドブックは一度も開く気に成らなかった
(結局ガイドブックはエッサウィラの事を調べるためにマラケシュの宿で初めて開いた (^^ゞ)。
しばらくすると搭乗が始まり22時22分に飛行機へ乗る。このEK340便の機体はエアバス340-500で、
座席は31-Kという右の窓側だった。全員乗り込んだようで満員になる。22時40分に布のおしぼりの
サービスがあったが、最近では珍しい。続いて22時47分に機内食のメニューを配りに来たが、
メニューも最近では経費節減のために出さなくなっている処が多く、この航空会社は昔式なのだ。
全員乗り込んでもなかなか動かなかった。
22時50分になってようやくサテライトを
離れるがなかなか滑走路へ行かなかった。
ようやくやる気になったのか、定刻よりも
かなり遅れて、23時06分に離陸する。
高度が上がるに連れて眼下の町の夜景が
綺麗に見えて来たので天気は良いようだ。
ここより時計とカメラの時間を−5時間し
ドバイ時間を使用することにする。今回は
もう一度時差調節をする必要がある。
水平飛行に移り、18時45分に機内食のサービスがあった。日本時間では深夜なので、夜食のような
軽食で、チキンと魚があったので魚の方を選ぶ。食事が配られてから飲物のサービスが有ったが、
普通これは逆だろう。自分はビールをもらったが、これは日本で作られたバドワイザーだった。
このエミレーツ航空のスプーン・セットはステンレス製の物を使っていたが、今時としては珍しい。
19時07分に九州を抜けると、天草灘の海岸付近を飛んでいた。多くの漁船が出ており、その集魚灯の
光がとても明るかったが、この明るさは異常という程のものだった。ビールが効いて来たこともあり
19時20分頃に、何時の間にか寝てしまう。東京を出て以来我慢していた眠気が一気に出たようだ。
2007年5月22日(火)晴時々曇 この際一気にマラケシュへ。
かなりグッスリと寝ていたが、目を覚ました0時20分頃にはインドのコルカタ上空を通過していた。
1時15分にはナガプールの上空を通過したが、町の灯や道路の街灯がとても綺麗だ。天気が良いので
星がたくさん見えており、北斗七星が良く見えていた。海岸線へ出るまで多くの町の灯が途切れなく
見えていたが、こうして下界を見ていると、意外とインドはたくさんの町が連なっている事が解る。
これは地上にいるとそれ程感じなかった事である。飛行機は2時05分にアラビア海へ出た。
2時10分に室内灯が点くと、おしぼりのサービスが始まった。しばらくして、2時40分に機内食の
サービスがあったが、これは朝食で、オムレツと魚料理だった。やはり魚をもらい、飲物は日本茶を
もらう。食事が終ると3時45分に室内灯が消えたが、この頃より高度を下げ始める。機内の天井を
見ると、星のようなディスプレーに成っていた。やがてドバイに近付いたが、上空から見るドバイは
実に整然とした町並みである。4時19分にドバイ空港へ着陸したが、9時間20分のフライトだった。

4時35分に飛行機より降りると、流れに従って歩いて行く。すると出発ロビーの上の通路を通って、
あるコーナーへ出たが、ここにはトランジットのブースがあり、4時42分にここで手荷物の検査と
ボディ・チェックを受けて出発ロビーへ降りたが、イミグレーションはどうなっているのだろう。
皆が皆トランジットの客とは限らないのに。実に不思議なシステムに成っている。
ここの出発ロビーは実に大きくて、華やかである。長いロビーの左右には出発ゲートが並んでいた。
ロビーの端から端まで歩くと1q近くあり、多くの免税店が営業していた。1時間ほど見物してから
ロビーの椅子に座り休憩をとることにする。5時20分頃になると外が明るくなり始める。6時48分に
カサブランカ行きが出る、1番端にある1番ゲートの改札が始まったので、ゲートの中へ入る。
この空港は、普通の空港と違い、ゲートへ入る時にもう搭乗券を切ってしまうので、ゲートへ入ると
そのまま飛行機へ乗り込める様になっている。搭乗が始り7時13分飛行機に乗り込む。今度の機体は
エアバス340-300 で、座席は30-Kとやはり右の窓側だった。7時26分におしぼりのサービスがある。

7時41分に機体はサテライトを離れて滑走路へ向かい、8時00分にドバイ空港を離陸する。ここより
−4時間してモロッコ時間を使用することにする(モロッコはサマー・タイムを使用していない)。
水平飛行に成り、4時27分に入国カードを配りに来たので直ぐに書き込む。4時45分には機内食の
サービスが始まったが、これは軽食で、クロアッサン、マフィン、果物、オレンジ・ジュース等だ。
4時55分アラビア砂漠の上空を飛んでいたが、眼下には浄水場みたいな丸いものがたくさん見える。
飛行機はシナイ半島を横切り、紅海へ出てカイロの北側を通った。7時25分にはアレキサンドリアの
上空を通り地中海へ出る。映画を見ていたが、喉が渇き7時46分リンゴ・ジュースをもらって飲む。
9時02分にオレンジ・ジュースとスナック菓子のサービスがあった。9時20分右手にシチリア島の
海岸が見えていたが、どうやらマルタ島との間を飛んでいる様だ。9時42分にはチュニジアの半島へ
入り、9時48分にチュニスの上空を飛ぶ。眼下にはチュニス空港の滑走路がクッキリと見えていた。

9時52分に機内食のサービスがあったが、これは昼食で、ビーフをもらい飲物は白ワインをもらう。
これは完全に食べなれているビーフカレーだった。鮭のテリーヌとチョコレートムースが美味しい。
エミレーツ航空の機内食はどちらかというと欧米系の航空会社よりも良いと言えるだろう。
しばらく海岸線に沿って飛んでいたが、モロッコ領内へ入ると南下し始め、高度を下げて行くと、
12時05分にカサブランカのムハンマド5世国際空港へ着陸する。12時16分に飛行機より降りて、
バスに乗りターミナルビルへ行く。12時26分に入国手続きをしたが、とても簡単である。12時39分に
リュックを受け取って税関を通ったが、ここも外国人旅行者はノー・チェックで素通りである。
税関を出た目の前に銀行が3軒あり、12時43分に銀行で両替をする。少し多すぎるが、とりあえず
旅費の半額に当る4万円を両替したら、2,597DH 戻って来たから1DH(ディラハム)が約15円である。
両替が済んだので建物の外へ出て見る。タクシーの運転手が寄って来たので、試にマラケシュまで
幾らかと料金を聞くと、1,200DH(約18,000円)だという。建物方へ戻ろうとすると100ユーロとか、
1,000DH(約15,000円)と言って追いかけて来た。これでタクシーの相場が解ったし1ユーロが10DHと
街中での為替相場も解った(マラケシュやカサブランカでは、ユーロで買物や支払いが出来る)。
ターミナルビルへ戻り、列車へ乗る事にして地下へ降りる。そしてこの時間だと何とか明るいうちに
マラケシュまで行けそうなので、カサブランカへは行かない事にする(着いた途端に予定変更だが、
これでスケジュールに1日の余裕が出来る (^^;)。切符売場の窓口まで行き、マラケシュまでの
切符を買ったが、2等で119DH(約1,785円)だったので、アジアの感覚から行くととても高く感じる。
ホームはとても薄暗く、列車の中も薄暗くて、なんとなく陰気な感じがする。次第に客が乗ってきて
定刻の13時00分にムハンマド5世空港駅を発車する。列車は4両編成で、全車両が2等車両だった。
走り出すと冷房が入って来て少し涼しくなる。冷気の排出口が窓の下にあったが、これは暑い外気を
遮断するという意味ではなかなか良いアイデアである。見掛けの割りにスピードは結構あるものだ。

途中で幾つかの駅に止まっていたが、日本と違って駅名の看板が、ホームの両端にあるだけなので、
それを見逃すと駅名が解らないので要注意だ。13時38分にカサ・ヴォヤジュール駅へ着き、ここで
乗換の為に降りる(ここで日本人と思われる青年が1人降りた)。マラケシュ行きの列車は2時間に
1本なので、タイミングが悪くて1時間以上待たなければならない(タイミングが良いと僅か12分の
待ち合わせで接続する)ので、改札口を出て、駅舎や駅前を見て歩くことにする。
駅舎の内は結構広くて切符売場の前には待合室があり、何人かのお客が休んでいた。切符売場の
反対側には売店があり、その上には大きな電光掲示板があった(アラビア語とフランス語で表示)。
なかなか立派な電光掲示板で解りやすく出来ていたのには驚きだ(これ程の設備は予想外だった)。
ホームへ戻ってベンチで休んでいたら、14時44分にマラケシュ行の列車が到着したので、周囲の人に
確認して乗り込む。列車到着直前に日本人娘が2人と、小母さんが1人慌ててやって来て乗りんだ。
列車(この列車も余り良い車両とは言えない)は14時50分にカサ・ヴォヤジュール駅を発車する。

この車両は、先程の列車よりは幾らか良いが、イマイチ陰気な感じのする車両だ。結構スピードが
早くて、定刻運行をしていた。カサブランカの市内を抜けきると田園風景に成ったが、緩やかな丘が
続いており、小さな村などが見えた。畑の境界線にはサボテンが植えられていたが、これはヒツジや
ヤギなどが畑に入らないようにしているのだ。サボテンが鉄条網の代わりをしているのだが、これは
なかなか良いアイデアで感心する。15時45分に車内販売が来たが、サンドイッチが15DH(約225円)で、
缶ジュースが8DH(約120円)とワゴンに値段表が出ていた。何処でも車内販売は結構良い値段をとる。
列車はとても快調に走り、冷房も効き
快適だったが太陽の角度が気に成って
いた(明るいうちに宿を決めないと)。
18時04分にマラケシュ駅へ到着する。
駅舎を通らずホームから直接外に出て
駅前へ出たがとても立派な駅舎だ。
道路を渡った所にバス停があったが、
ここから「ジャマ・エル・フナ広場」へ
行く市バスが出ているので、バス停へ
行ったら、先程の日本人娘がいた。
彼女達は何故か焦っていたが、バスを
待つか、タクシーに乗るかを教える。
女の子2人は「地球の歩き方」を出して相談していたので、「公衆の面前でガイドブックを見るのは
「私をカモにして下さい」と言っている様なもので、余り良くないよ」と注意する。そんな話をして
いたらフナ広場へ行く8番の市バスが来たので、娘2人と一緒に乗り込み、18時21分に駅前をでる。
バス代は3.5DH(約53円)ととても安かった。バスはグルリと回り込み、新市街のメインストリートを
走って行くと、正面に街壁が見えて来た。どうやら旧市街のメディナへ着いたらしいが、バスは
街壁を右に回り込んでからメディナへ入り、18時36分にフナ広場の近くに在るバス停へ到着する。
2人にフナ広場の方向と道を教えてから別れたが、あの2人はこれから先大丈夫だろうか?
自分も暗くなるまでに宿を決めないといけない。バス停から「アグノウ門通り」に入り、広場へ出る
手前にある右側の路地へ入る。この迷路のような路地には多くの安宿がたくさんあり、どこを選ぶか
迷ってしまう程だ。適当に、道成に歩いて行き、何軒か覗いて見たが、何処も値段が上がっている。
「ホテル・メディナ」を当ってみたが、ダブルの部屋しか空いていないというので、他を当ってみる。

筋向いの路地へ入った所にある「ホテル・アディ」へ行ってみたが、シングルの部屋は無く、全て
ツインかダブルで、100DH(約1,500円)だと言う。5泊するからとダブルの部屋を、シングルの相場の
値段である70DH(約1,050円)にまけさせることで話が決まり、19時06分にこの「ホテル・アンディ」へ
チェックインをする。自分の部屋は2階の8号室で、まともな窓の無い暗い小さな部屋だった。
シングルは儲からないので、狭い部屋でもダブルベッドを入れて全てダブルの部屋にしているのだ。
これはヨーロッパ文化圏などに多い事だが、ホテルへ1人で泊まるという発想法が無いのだ。部屋は
モロッコの典型的な安宿パターンで、洗面台があり、部屋にはコンセントが無かった。小さいが
テーブルと椅子があるだけまだ良い方と言える。荷物を置くと暗くならないうちにと出る事にする。

カメラとディパックを持って19時19分にホテルを出ると、フナ広場へ出る近道ではなく、来た時の
道を通って「アグノウ門通り」へ出る。ここからフナ広場へはほんの僅かだ。もう薄暗く成っており、
フナ広場には多くの屋台が並び、大道芸人や多くの人々が集まって賑わっていた。
屋台をひと回りしてから「リヤド・ジトゥン・ラクディム通り」へ入る。安宿の「ホテル・フランス」の
前を通り、最初にあった右側の路地へ入ってみると、予想した通り、直ぐに「ホテル・メディナ」や
「ホテル・アディ」に出た。この道がフナ広場へでる近道なのだ。道を確認するともう一度フナ広場へ
戻ってみる。しばらく屋台を見て歩いたが、外国人と見ると、メニューを持って盛に客引きをする。
かなり暗くなってきたので、そろそろ宿へ戻ることにしたが、何か食べる物を買って帰る事にする。
「リヤド・ジトゥン・ラクディム通り」を入った
すぐ近くの右側に食料品店がある。その店先で
サンドイッチを作っており、大勢の若者達が、
店の中や店先にたむろしていた。これを見た時
「この店は当りの店だろう」と直ぐに感じた。
皆の注文の仕方を見ていて、自分も注文する。
丸いパンを半分に切って、中をくり抜き、
湯掻いたジャガイモの皮を剥いて入れて潰し、
玉葱のみじん切りを入れ、オリーブオイルや
ドレッシングを掛けるのだ。料金を聞くと、
側にいた人間が5DH(約75円)だというので5DH
払った(しかし、本当は3DH(約45円)だった)。
このジャガイモと玉葱のサンドイッチは予想していたよりもとても美味しかった。今度はゆで卵を
試してみようと思う(この店は毎日夕方に成ると店先でサンドイッチや牛乳粥を作って売っていた)。
20時04分にホテルへ戻ると荷物を解体して生活しやすい体制をとる。20時50分にシャワーを浴びたが
まずはまともにお湯が出て良かった。部屋に戻ると下着や靴下などの洗濯をする。洗濯をしていると
21時00分にアザーンが聞こえて来たが、これを聞くと何時もイスラムの国へ来たと実感する。電源が
無いのでパソコンへ写真の取り込みだけをして、とにかく眠いので何もせずに21時40分に消灯する。
2007年5月23日(水)快晴後晴 マラケシュの新市街を歩く。
3時20分頃に目を覚ましたが、実は夜中に左足のふくらはぎがつってしまい痛くて目が覚めたのだ。
かなり長時間痛くてようやく痛みが収まり眠れた(それでもこんなに早く目を覚ますとは (ーー;)。
3時45分になると夜明け前のアザーンが聞こえてくる。もう眠れないので、4時33分には起床して
パソコンを始めた。5時10分頃に成ると小鳥が鳴き始め、明るくなったので、パソコンを終らせる。

明るくなったので屋上へ上って見ようと思い外へ出ると、このホテルのパティオ(中庭)のタイルが
とても綺麗なので思わず見惚れてしまう。このような美しい一面のタイル張りは、建物の外観からは
とても想像できないものがある。これはイスラム建築の特徴で、外観はとても素っ気無い泥壁でも、
パティオ(中庭)や室内は美しく飾り立てられ、部屋の床には絨毯が敷き詰められているのだ。

2階から3階へ上がり屋上へ出ると、屋上の一部にソファーが置かれていた。この宿は屋根が出来て
いるが、普通は屋根などは無いものだ。殆どの安宿は、夏場は屋上に泊まることが出来る。インドも
夏に成ると多くの人が部屋の中より屋上の方が涼しいので屋上で寝ている。暑季には雨が殆ど降らず
屋根の無い屋上で眠れるのだ。屋上からはメディナの町並みが眺められ、これはこれでなかなか良い
ものである。「クトゥビアの塔」が朝陽を浴びてスックと立っているのがとても印象的だった。

外はじっとしていると結構涼しくて、予想していたよりも、夜から朝に掛けての気温は低いようだ。
部屋に戻ると出かける用意をし6時02分にホテルを出て散歩を始める。先ずはフナ広場へ出てみる。
早朝のフナ広場はガラ〜ンとしており、歩いている人など殆どいない。どうもモロッコ人は朝に弱い
ようで、夜型の国のようだ。広場が綺麗に掃除されて、ゴミが落ちてないのにはとても感心した。
「ジャマ・エル・フナ広場」から「クトゥビア」の方へ歩いて行くと、観光用のクチ(馬車)が並んでいる
所があり、御者達は馬車の上で毛布を被って寝ていた。彼らは馬車の中で寝泊りしているようだ。
馬のお尻の方を見ると、馬糞を受ける馬用のオムツが何ともユーモラスである。
「クトゥビア」の前のメイン・ストリートへ出ると、ここにはバス停があり、もう人が集まっていた。
ここから右に曲りメインストリートへ入ると、左側は公園に成っている。しばらく歩くと6時29分に
大きな「コブ門」へ出たが、ここは重要な門なので両側に立つ物見櫓はとても高くて大きな物だった。

「コブ門」を出ると、ここから右へ街壁に沿って歩く事にする。街壁と道路の間は緑地に成っており
ベンチなど置かれている。6時35分に「ラリサ門」の前を通ったが、ここは小さな公園に成っていた。
更に少し行くと「ドゥカラ門」へ出るが、ここの門前はとても広い「ムラビトゥン広場」に成っている。
ここには市バスのバス停があり、早朝だが広場には多くの人が集まっていた。
6時42分に広場の北側に在る大きな民営バスの長距離バスステーションへ着いたので、建物の中へ
入り、バスの時間を調べる事にする。ここはとても広いロビーの周りに多くの窓口や売店があった。
30を越える小さな窓口は、各バス会社のブースに成っている。ホールの正面には大きなボード板が
掛けられており、何処の町へ行く長距離バスの切符は、何番の窓口で売っているかを書いてある。
このボード板を見ると、同じ行先でも数社のバスが運行されている事が解る。
先ずは自分の行先に関係するエッサウィラとワルザザードへ行くバス会社だけを調べる事にしたが、
上手い具合に6番がワルザザードで、7番がエッサウィラと並んでいたので調べるのが楽だった。
バスの発車時間を調べ終わると、ターミナルビルの外に在る駐車場へ行ってみることにする。
駐車場には屋根のあるホームがずらりと並んでおり、ここはなかなかのバスターミナルだ。敷地の
右手にある小さな門から外へ出ると、「ムラビトゥン広場」の端へ出る。ここには多くの商店や屋台が
並んでいた。サンドイッチを食べさせる屋台があったが、店の男は身障者だったので、この屋台で
朝食をとることにしてひとつ作ってもらった。ここの中身はゆで卵で、例の丸いパンの半サイズだ。
ミント・ティが1杯付いて5DH(約75円)だから、昨日の店よりは少し高いが、これが相場の値段だ。
食べ終わって、7時20分に長距離バスステーションを出る。ここから「国際通り」に入って左へ行き、
「11月16日広場」に出るとメインストリートの「ムハンマド5世通り」へ入る。この通りにはホテルや
商店などが並びマクドナルドもあった。少し行くと小さな広場が在ったが「ムハンマド5世広場」だ。
この近くのビルの中にはONMT(インフォメーション)が入っている。この先の交差点を左へ曲ると
7時48分にCTM(公営バス)のバスターミナルへ着いた。ちゃんとしたターミナルビルを持っている
と思ったら、ここはビルの一角を間借りしている、とても小さな所で、一瞬見逃してしまった程だ。
カウンターに居た係官にエッサウィラとワルザザードへのバスの時間を聞いたが、民営バスに比べ
余りの本数の少なさには驚いてしまった。7時57分にCTMを出て、大きな交差点に出ると左へ
曲ったが、少し先の左手に「ロイヤル・シアター」があった。道成に「ムハンマド6世通り」へ入るが、
大きいだけでまったく面白くない通りである。この通りには、ガイドブックには載っていないが、
大きな高級ホテルが数軒並んでおり、豪華な観光バスや多くの欧米人団体観光客の姿が見られた。

しばらく行くと8時32分にメナラ通りとの交差点(ガイドブックの地図ではT字路に成っているが、
実際は大きな十字路)へ着く。さすがに歩き草臥れたので「メナラ通り」の所々に置かれている、
ベンチで休憩する事にした。この付近は全体が公園の様に成っており、普通の人家はひとつも無い。
トレッキングシューズを脱いで少し休み、8時45分にこの交差点を出る。
メナラ通りをまっすぐ行くと街壁にぶつかるが、ここに在るのが「シュテッド門」である。街壁は、
夜はライトアップされている様だ。門を入るとガイドブックにある真っ直ぐ行く道などは無くて、
左へ街壁に沿った道を行くので、街壁や物見櫓の裏側が見られた。壁は低くて薄く、頼りない物で、
一突きしたら直ぐに壊れてしまう様な、何となく映画のセットの張りぼて的なものだった。 (^^;

道成に行くと9時08分に「クトゥビアの塔」へ続く公園の入口に着いたので、公園の中へ入る。自分と
同じ頃に欧米人団体さんが入って来たので、この団体さんを避けながら塔へ向かって歩いて行くと、
この団体さんを見つけたモロッコ名物の水売りが数人寄って来た。彼らの帽子と赤い服は水売りの
トレードマークに成っている。ミネラルウォーターを飲む欧米人はこの水は殆ど買わないだろう。
右手のベンチを見ると猫が集まっていたが、見ると小母さんが猫に餌をやっているのだ。世界中どこ
でもこういう「猫小母さん」や「猫小父さん」が居るものだ。日本だったら魚だろうが、小母さんは鶏の
ぶつ切りを1個ずつあげていた。猫は餌をもらうと何処か安全な自分の棲家へ持って行くのだが、
その場で食べている猫もおり、小母さんはそのような猫を追い払っていた。どうやらこれは野良猫に
餌をやると、何処からか苦情が来るのかも知れない(これも日本などと同じだ (^_^)。
塔の写真を撮り、日陰のベンチで休んでいるといると日本人の団体さんがやって来て、写真を撮ると
風のように去って行った。一休みして9時19分に「クトゥビアの塔」を出る。フナ広場に出てスークへ
入り、ある小さな食料品店で例の丸いパンを1個買ってみたが、1.2DH(約18円)ととても安かった。
10時02分にホテルへ戻り、荷物整理をして休憩に入る。ベッドで横になっていたら12時00分頃には
寝てしまう。14時20分頃に一旦昼寝から目を覚ましたが又寝てしまい、16時25分頃に長い昼寝から
目を覚ます。実に4時間近く寝ていたことになるが、これで当面の睡眠不足は解消されただろう。

昼寝から起きると疲れも取れて元気が出てきたので、16時35分に散歩へ出かける。今度はフナ広場の
北側のスークを歩くことにする。フナ広場へ行くと屋台が店開きの準備をしていたが、毎日毎日店の
セッティングをし、夜中に店仕舞いをすると片付けて掃除をするのだから大変な事だ。食堂に比べて
オレンジジュース屋は簡単で良いが、オレンジジュース屋は何時も朝から夜まで店を開いているので
労働時間が長くて大変だ。オレンジジュースは大型コップ1杯3〜5DH(約45〜75円)が相場である。
マラケシュではフナ広場の北側と東側に広がるスークが1番の迷路に成っており、歩いていて面白い
所だが、商店の客引きがうるさい事はうるさい。これでも言い寄って来る私設ガイドが居なくなった
だけモロッコも進歩したというものだ。途中屋台のオレンジ屋でオレンジを1kg買ったが、中型の
オレンジが5個来た。値段は5DH(約75円)だから1個が1DH(約15円)で、これは相場の値段である。


オレンジが重たいので、17時56分に一旦ホテルへ戻り、オレンジを置いて一休みすると、18時28分に
ホテルを出て散歩の続きをする。スークでは色々な物を売っているが、ある露店では自家製らしい
椅子を売っていた。タジン用の土鍋や、カバブー用の串を売っていたが、いかにもモロッコらしい。
今度は「リヤド・ジトゥン・ラクディム通り」を歩いてみたが、この細い道の両側は商店街になって
おり、結構賑やかな通りだった。出口の左側に在った小さなモスクの塔の上にはコウノトリが巣を
作っていた。広場から「バイア宮殿」の入口まで行き、道成に更に東側まで行って見る。町外れに在る
広場で初めて3匹の犬を見た。マラケシュは何所へ行っても猫だらけだが犬はとても少ない。
そろそろ薄暗く成って来たので街中へ戻る事に
してフナ広場へ戻った。この時間に成るともう
屋台村は出来上がっており賑わいだしていた。
屋台村で食事をしているのは外国人にしても
モロッコ人にしても皆観光客で地元の人間など
高いし馬鹿馬鹿しくて殆ど食べる人はいない。
ハリラ(スープ)を専門でやっている屋台があり
ここは現地人だけが食べている店だったので、
試に食べてみたが、このハリラは美味しい。
ハリラとカリントウのような甘いスイーツとで
5DH(約75円)だったがマズマズの値段である。
食べ終わってから広場を見て歩き、19時30分にホテルへ戻る。19時40分にシャワーを浴びるとやはり
気持ちが良い。今日は宿泊客が多いようだ。一休みしてからパソコンを出して写真の取り込みをし、
明日はエッサウィラへ行くのでガイドブックを取り出して読む(まったく付焼刃というか一夜漬けと
いうか (^^;)。20時58分に最後のアザーンが聞こえて来た。とても眠くなり21時05分に消灯する。