2007年5〜6月 モロッコ世界遺産巡りの旅 旅日記 其の五 6月2日〜6月4日  青の町シャウエン


2007年6月2日(土)快晴一時晴  山のリゾート地シャウエンへ。

眠ったと思ったら直ぐにバスが止まり目が覚めてしまう。0時32分にバスは或るサービス・エリアへ 着いた。ここで休憩に成ったので、ほとんどの人がバスから降りた。このサービス・エリアはとても 大きくて綺麗な所である。我々も2階にあるトイレへ行き、下の食堂でカフェ・オレを頼んで飲む。 この時間に成るとバスの中よりも外の方が涼しくて気持ちが良い。山を越えると気温がまるで違う。 かなり長く休んで1時24分にこのサービス・エリアを出発する。ここからほんの少し走ると、多くの カフェや食堂が営業している町中の一角を通ったが、夜中までやっているとはインド並みで驚く。 それだけ交通量が有るのだろう。この町を出ると暗い田舎道を走っていたが、本格的に寝てしまう。 4時05分にイフレンのバスターミナルへ着き目を覚ましたが、まだ暗かった。4時16分にイフレンの バスターミナルを出ると、直ぐに寝てしまう(自分で驚くほど良く眠れるものだ)。明るくなり始めた 5時11分にフェズのCTMバスターミナルへ到着する。ここはかなり大きな専用ビルを持っていた。 バスから降りて待合室にリュックを置くと、切符売場へ行き5時25分にシャウエンへのバスの切符を 手に入れる。シャウエンまでは70DH(約1,050円)だったが、民営バスに比べるとかなり高い料金だ。 暇なので外へ出てバスターミナルの付近を少し歩いてみたが、新市街の中なので余り面白くない。 廊下に人が集まりだしたが、どうやら手荷物の計量が始った様なので我々も並ぶ。7時19分に荷物の 計量をして料金を払ったが、やはり5DH(約75円)だったから相場だ。計量が終り荷物を預けると、 待合室で休んでいたが、次第に人が集まってきた。その中に日本人の老人が1人いたが、この町に 住んでいる人の様で、現地人とフランス語で喋っていた。バスが来て7時55分にバスへ乗り込んだが 日本人男性の老人と韓国人の青年が乗っていた。8時05分にフェズのバスターミナルを発車する。

 バスターミナルを出ると、しばらくは新市街を  走っていたが、フェズはなかなかの町である。  鉄道の線路を越えると次第に郊外の風景になり、  やがて田園地帯へ入って行く。畑や牧場が低い  なだらかな丘陵地帯に広がっていた。  農家の周囲には大きなカマボコ型の物が見えると  思ったら、それは牧草を束ねた物を積んだ物で、  家畜の冬の飼料のようだ。雨で腐らないように  上にシートなどで屋根をしており、この形が  まるでカマボコ型の建物のように見えていた。  この形式の飼料置場は、この地方の農村で良く  見られたが、他の地方でも大体同じようだ。 しばらく田園地帯を淡々と走って行くと、9時33分に交通事故の現場を通った。右手道路下に2台の 車が大破して転がっていたが、そこは何でもない所だ。モロッコは交通量が少ないし、それ程難しい 道路でもないのに(きっと居眠り運転だろう)。この頃に成るとそろそろ気温が上がってきて暑くなり 冷房が入ってきた。やはり冷房があると快適である。9時39分にひなびた小さなサービス・エリアと 言うよりも普通の大衆食堂の前でバスが止まり、朝食休憩となったが我々はバスから降りなかった。 何人かの乗客が降りて、お茶を飲んだりしていた。10時04分にこのサービス・エリア(?)をでる。

10時49分に山の中に在る大きな町のバスターミナルへ到着したが、ここから多くの客が乗り込む。 駐車場は広くて、駐車場の隅の方には食堂や売店などが並んでいた。町は低い丘陵を覆うように 出来ており、スペインやメキシコなどでよく見掛けた町の造り方である(こっちの方が本家かも)。 11時06分にバスターミナルを発車すると、街中を通り抜けて丘を降りて行き田園地帯へ入って行く。

 バスは単調な風景の中を走って行くが、それ程  飽きの来る景色ではなかった。山岳地帯へ入り  山腹を縫うように上って行くと見晴らしが良い。  山の中腹みたいな所に人家が現れだしたら、  右手の中腹には大きな建物もある。斜面を整備  して作られた駐車場へ入って行ったが、ここが  シャウエンのバスターミナルだった。12時23分  到着だから約4時間20分掛かったことに成る。  駐車場から階段を上がった所に、小さいが一応  ターミナルビルがあった。ここでフェズや  メクネス、ティトゥアン、タンジェなどへ行く  バスの時間を調べてから下の駐車場へ戻る。 ここからメディナまでは約1qの登坂なので、炎天下を重い荷物を背負って歩くというのは、とても 無謀なのでタクシーで行くことにする。バスで一緒だった韓国人青年に声を掛け、3人でタクシーに 乗ることにした。彼から泊まる場所を聞くと、メモに英語でゲストハウスのリストが書かれていた。 少し待つとプチタクシーが来たので12時43分に韓国青年と3人でバスターミナルを出る。料金は1人 5DH(約75円)だったから15DH(約225円)ということだ。バスターミナルからかなり急な坂道を登って 行くと、メディナへ入って行き、12時47分にメディナのカスバ近くに在る「マクゼン広場」へ着いた。 韓国青年は小銭を持っていないので、お金を崩しに行っている間、彼の荷物番をしてあげる。日向は 暑いので日陰に居ないと駄目だ。彼が戻って来て、彼と別れると早速ここの宿探しをする事にした。

 カスバの前の「ハマン広場」を  通り、西北側の路地の入口に  在る「ラ・カステラーナ」へ  行って空き部屋を聞いたら、  今日は部屋が無いというので  第2候補である西南側の  路地を少し降りた右側に在る  「モーリタニア」へ行った。  この宿の玄関には料金表が  掲げられていたが、なんと  アラビア語、フランス語、  スペイン語、英語で書かれて  いた。地中海に近い町では  スペイン語も流通しており、  スペイン語が結構通じる。  料金表を見るとやはり、少し  値上がりをしている様だ。 入口のフロントには人がおらず、呼んだら青年が出てきた。「シングルの部屋が欲しい」と言ったら、 無いと言い、3階の10号室に連れて行った。そこはトリプルの部屋だった。部屋に洗面台は付いて いなかったが、ドアーを出た廊下に、3部屋共同の洗面台があり、そこにはコンセントがあった。 表の路地に面しており、窓が2つも有って明るく、風通しも良いのでこの部屋に決めることにする。

パスポートを出して宿帳を書き、13時08分に「ペンション・モーリタニア」へチェックインする。 この宿はフロントを入った所にパティオ(中庭)があったのだが、屋根を付けて吹き抜けのサロンに してあった。安宿にはこのパターンが多い。個人住宅ならパティオ(中庭)が必用だろうが、宿屋では サロンにしておいた方が有効なのだ。それにしてもここのサロンは少し暗いが、広くて立派だし、 とても涼しくて静である。テレビもあるしコンセントもあり、部屋よりもここの方が過ごしやすい。 3階の3人部屋へ入ると、奥のベッドに“ノッポさん”と自分が入り、入口のベッドを明日来る “ベルリン君”用にとっておく。一息ついて13時32分にゲストハウスを出ることにしたが、この時、 玄関で同宿の日本人青年とバッタリ会ったが、その青年は“ノッポさん”の顔見知りの人だった。 この“ハッセルブラッド”は2ヶ月近くもモロッコを旅しており、写真を撮っているという。青年は 自分が昔使った事のあるハッセルブラッドの6×6版を持っていた。当時は二眼レフなど6×6版を 使っていたがトリミングがしにくいので、6×9版の大型カメラが欲しかったものだ。大型カメラで 使ったのは4×5までで、8×10などは夢の又夢だった。しかし、世の中は35ミリの時代になり、 ニコンFが発売されてからはもっぱらニコンを愛用していた。当時ニコンFのボディと交換レンズ群 などを揃えていたら30万円を軽く越えていた(現在の価値に直すと一式で300万円前後に相当する)。 「ハマン広場」から東北の路地へ入り、或る食料品店でチーズのサンドイッチを作ってもらった。 次は「マクゼン広場」の方へ行く。“ノッポさん”とトラベルチェックの両替のできる所を探したが、 お土産屋などはトラベルチェックで買物をしたら、おつりを現地通過でくれるという所ばかりで、 やはり月曜日までは両替が出来ないようだと解ったが、それまでお金は何とか成りそうである。 帰りに露店の八百屋でトマトとキュウリを買って、これをサンドイッチへ入れて食べることにした。 買い物をして、14時01分にゲストハウスへ戻り、買って来た物で昼食とし、14時40分に2階にある シャワーを浴びてから屋上へ上がって洗濯をする。部屋に戻りベッドで横に成ると、15時40分頃から 昼寝に入り、18時10分頃に昼寝から目を覚ます(2時間は完全熟睡していたことになる)。

“ノッポさん”は写真を撮りに出かけたので、18時23分に散歩をしに1人でゲストハウスを出る。 先ほどの路地へ入りメディナの路地を散策したが、この町のメディナは建物の外壁の下部がブルーに 塗られている。白と青のすがすがしい感じのする路地で「青の町」と言われている。どうもその地区の 住民が自分達で塗っており、小母さんが塗っている姿も見られた。場所によっては余ったペンキを 道路の石畳に流して、道路まで青くしている所があったがこれはやりすぎである。この町の雰囲気は 何となくリゾート地的なものがあり山の避暑地という感じだ(まだ別荘等が出来ていないので良い)。

上へ上へと登って行くと直ぐにメディナの街壁(本当に普通の壁)を抜け出したが、そこは墓場に 成っていた。更に上って行くと展望台のような岩があったので、18時53分に町の最上部まで行く。 その岩の所まで行くとシャウエンの町や、メディナの全貌が眺められ、カスバの全貌も見えていた。 ここのカスバは比較的小さな物だったが、一応お城らしい形をしていた。展望台の岩を降りると、 下に見えていた物見櫓まで行く事にする。墓場を通り19時07分に街壁の最上部にある物見櫓へ行く。 物見櫓は小さな物で、中は何もなく荒れていた。ここでGPSの測定をしたが、ここの高度は668m だった。日の出、日の入を調べると、メルズーガよりも大分北へ移動したので、日の出が早くなり、 日没が遅くなっていて、昼間の時間が長く成っていた。19時14分に物見櫓を出てメディナへ入る。

 適当に歩いて行くとメインストリートと思われる  比較的賑やかな路地へでた。そして19時30分に  メディナのメインゲートの「アイン門」へでる。  ここは外から見ると門というよりも個人の家へ  入っていくような感じである。これは普通の  要塞化したメディナにある、門塔がある門とは  まるで違っている(全体的に見てこの町は要塞と  してメディナを造っていないように思える)。  新市街へ行ってもしょうがないので、この門の  近くを少し見ただけで、そろそろ宿へ戻ることに  する。右側の下の方のメインストリートを道成に  歩いて行くと「ウタ・エル・ハマン広場」へ出た。 途中露店のパン屋で菓子パンを5個買ったが1個が1DH(約15円)だった(これはマアマアのパンだ)。 「ハマン広場」を通り越し、「マクゼン広場」へ出て、左側の裏路地へ入る。果物屋でオレンジを1kg 買ったが、大きな物が4個来て4DH(約60円)だったから、砂漠地帯やマラケシュよりも安かった。 この果物屋のすぐ近くに、地元の男達が集まって食べている小さな大衆食堂がある。見るとスープを 食べているので、自分も皆の座っている露天のテーブルに座り皆と同じ物を注文する。スープと例の 丸いパンが付いて5DH(約75円)だった。スープは少し油っこくて塩気が足りない物で、豆を潰した ドロドロした物だ。マラケシュで食べたあのハリラに比べると味はかなり落ちる(もう少し塩味を 効かした方が美味しいのに)。でもこのスープとパンだけが一般庶民の食事になっているのだ。 買い物や夕食をとり20時11分にゲストハウスへ戻り、20時35分に洗濯をしてからシャワーを浴びる。 20時45分に洗面台からコードを這わせて、パソコンと充電池の充電を始める。21時10分にアザーンの 声が大きく聞こえて来たが、これは宿のすぐ近くにあるグラン・モスクからかも知れない。 22時00分頃に相棒の“ノッポさん”が戻ってきたが、サロンへ降り友達と話をしに行った。しばらく して“ノッポさん”が戻ってきたので、23時40分にパソコンを終わらせて、23時57分に消灯する。 砂漠のメルズーガと違い、山の中なのでとても涼しくて、室内温度は24.7℃と、とても快適な温度 だった。この町は暑い昼間でも部屋にじっとしているとヒンヤリとしており、肌寒いくらいである。 2007年6月3日(日)快晴  シャウエンの休日。 5時30分頃に目を覚ましたが6時00分に起床する。“ノッポさん”は寝ているので、そっと屋上へ 出てみると雲ひとつ無い快晴の良い天気だった。空気が冷たくいかにも山の空気という感じである。 サロンへ降り、宿の人を起して玄関を開けてもらい、6時30分にゲストハウスを出て散歩を始める。 「マクゼン広場」からカスバの裏側を通り、下の「ハッサン2世通り」へ降りたが、この道路には多くの ホテルが並んでいる。展望の良い所へ出たが、更に下にある街道へ降りて行けそうなので、ここは ショートカットの道を降りて行くと、狙い通りに下の街道へ出られた。左へ少し行くと6時47分に 「ラウ川」へ架かる橋へ出る。この川は細くて余りパッとしない川だった。川沿いには細い踏跡程度の 道が付いている。橋から戻って道成に行くと、先ほどの上の道の「ハッサン2世通り」との合流点へ 出たが、ここは小さな広場に成っている。右に行くと7時05分メイン・ゲートの「アイン門」へ出た。

門を入って東西に伸びるメインストリートを歩いたが、早朝のこの時間だとほとんど人が歩いて おらず静まり返っていた。本当にモロッコは夜型の国で、朝が弱い国だ。インドや東南アジアでは 朝の7時などというと、もう活気を呈している時間である。静まり返って誰も居ない青い町を歩いて いると、まるで海の中にいるような感じがする。朝は本当に涼しいのだが、より涼しく感じてくる。

7時29分には「ハマン広場」へ出た。この広場に面しては、外国人観光客相手のレストランやカフェ などが軒をつらねているが、東側にあるカフェは何時も現地人の親父達が座っており、外国人は殆ど 見掛けなく、現地人用のカフェであることが解っていた。外国人相手のカフェは開店時間が遅いが、 このカフェはもう営業していたので、ここでお茶を飲むことにする。カウンターへ行きカフェオレを 注文して、外の広場が見えるテーブルに座った。ここのカフェオレは他の町と違って大きなコップに 入ってきて相場の5DH(約75円)だから安い。カフェオレはやはりこうしてタップリ飲まなくては。 自分の隣のテーブルにはタバコ売りの親父が座っており、数種類のタバコの1本売りをしていたが、 結構常連のお客がいる様だ。サービスで、ライターで火を点けていたが、これを見ているとインドの 列車の車内のタバコ売りと同じだ。右隣の男はパンを持ち込んで食べていたが、モロッコのカフェは 食べ物の持込が自由に成っており、パンなどを持ち込みカフェで朝食や昼食をとっている人が多い。 一休みすると7時50分にゲストハウスへ戻りパソコンを始める。8時20分“ノッポさん”が起きる。 昨日買った菓子パンとオレンジを2人で食べて朝食とした。12時20分頃にパソコンを終わらせる。

そろそろ“ベルリン君”が到着しても良い時間なのだが、彼が来ないので出かけることにした。 サロンへ降りて、1階の4人部屋に1人でいる“ハッセルブラッド”に声を掛け、13時18分に2人と 一緒に昼食をとる為にゲストハウスを出る。路地のメインストリートをかなり行った所に在る小さな レストランで食べることになった(この店は時々外国人がお茶など飲んで休んでいるのを見ている)。 屋上が空いているというので、13時30分に細い急な階段を上って屋上へ上がったが、ここからは 付近の家が眺められた(この地方独特の赤瓦の屋根が目に付く)。下で食べるよりもここの方が良い。 今日は日曜日なので、隣のテーブルでは男の子を連れた家族が食事をしていたが、服装など見ると いかにも中産階級の家族連れだと伺える(一般庶民は家族連れでこの様な食堂へ来て食事はしない)。 自分はケフタを頼んだが、フライドポテトとパンが付いて25DH(約375円)だったが、ここのケフタは なかなか美味しかった。店の人も愛想が良く、結構地元の人が食べに来ているレストランだった。

 食事が終わり14時40分に食堂を出ると、2人と  別れてインターネット・カフェへ行く事にする。  14時55分に「アイン門」を出て、坂を降りた所の  銀行の横にあるインターネット・カフェへ入る。  細い階段を上がって行くと、二部屋に分かれて  マシンが置かれていた。受付には若くて美人の  お姉さんがいたので、日本語の使えるマシーンを  借りたいと言った。この時に彼女の友達みたいな  やはり美人のお姉さん(スカーフを被っておらず  ミニスカートをはいたフラチ者の現代っ子だ。  でも好き (^^; )がやってきたが、彼女は英語が  出来るので、店番のお姉さんに伝えてくれた。 案内されたマシーンでインターネットを始めたがマズマズのスピードで快調に出来た。20分ほどで 掲示板の書き込みやメールなどのチェックが終ったので、料金を払ったが3DH(約45円)と安かった。 2人の美女に笑顔で見送られて、15時20分に店を出ると、「アイン門」から最短コースを歩く。 15時27分にゲストハウスへ戻り、15時35分からシャワーを浴びると、ベッドでゴロゴロしていた。 16時10分に“ベルリン君”が部屋に入ってきたが、とても遅かった(昨日の我々の例から計算すると 遅くとも13時頃には来なければ成らないはずだった)。彼はとても疲れたような顔をしていた。 荷物を置いて一息入れると、我々と別れたその後の“ベルリン君”と“3DH”の話を聞いたが、 やはり自分の心配した事が起こったのだ。今日は日曜日で両替が出来ないのだ。これはエルフードへ 昨日着いた時に気が付いていたのだ(エルフードから電話を掛けようかとも思っていたほどだ)。 “ベルリン君”はある程度のお金を持っていたが、彼女はフェズへ着いた時点で、持金がたったの 3DH(約45円)だったという。日曜日なので銀行や郵便局で両替が出来ず、カードもATMが使えず、 両替に駆けずり回り、ようやく現地通貨を手に入れ、彼女をフェズのユースホステルまで送って、 それからシャウエン行きのバスに乗ったので、3時間も遅れたのだという(この他にも色々と面白い 話を聞いた。ここではカットするが“3DH”は「自分に不幸を呼ぶ女」で有ることが解った ^_^; )。

彼も草臥れているので、3人でベッドでゴロゴロして話していたが、そろそろ涼しくなったので、 下へ降り“ハッセルブラッド”が帰って来るのを待って、18時05分散歩をしにゲストハウスを出る。 「ハマン広場」からメディナの路地へ入り、道成に上の方へ上って行き、18時37分メディナの最高部 である、昨日の展望台の岩まで行く。この時間でもまだ日の当たる所は暑いくらいである。 展望台の岩から物見櫓の方へ降りて行くと途中にサボテンが植えられていた。花の蕾がたくさん 付いていたが、これに実が成るのだろうか(モロッコのサボテンの実は美味しいと評判である)。 墓場では小さな子供達が遊んでいたが、メディナの中は広場が無いので子供の格好の遊び場なのだ。 物見櫓から下に降りた所で子供達に捕まりしばらく遊んでいたが、子供達の興味はデジタルカメラに あった。子供達に飴をあげたら群がって来て2個もらおうとする奴がいる。しかし、騒動が治まると 1人だけもらいそこねた子供がいて、皆が「この子はもらっていない」と言う。それはその子の表情を 見たら本当だと解るので、その子にも飴をあげる。子供達と別れてそろそろ下へ降りることにした。

 ある程度下に降りて上の方のメインストリートを  歩き「アイン門」へでてしまう。ここから下の方の  1番賑やかなメインストリートを上って行くと、  上の方から女性の集団が声を出し、手をたたき  ながら陽気に降りて来るのにぶつかった。  横にいた男性が「ハッピー、ハッピー」と我々に  言うので、何か解らないがとても良い事が有り、  集まって行進しているみたいだった。とっさの  事で写真を撮るタイミングを逃してしまう。  路地はもう薄暗くなり始めたので商店街の店は  電燈がつき始めていた。人出は昼間よりも多く  なっており、少々歩きにくい程になっている。 メインストリートの商店街を抜けきると、そこには夕方に成るとデンデン虫を食べさせる屋台が出て いる。夕方に成ると出てくるのは他の町と同じだ。小さな茶碗にスープと一緒に入っており、大人も 子供も結構好きで、この小さな ♪デンデン虫虫、カタツムリ♪ を、爪楊枝でつついて食べている。 そして、デンデン虫を煮たスープを飲むのだ。自分はフランスで炒め煮を食べたことが有るが、 それ程美味しい物とは思わなかった。デンデン虫を食べるのもフランス文化の影響かもしれない。 どこかで夕食をとろうという事に成ったが、どうも「ハマン広場」にあるような観光客向けの食堂は 好きでないので、「マクゼン広場」へ出て、左側の裏路地へ入った所に在るイタリアンの店に行った。

この店はパスタとピザの専門店で、自分は安全をきしてマッシュルームのピザを頼んだ。2人が パスタを頼んだが、出来上がって来た物を見ると、どう見ても炒麺みたいだった。聞くとやはり腰の ない、柔らかなうどんみたいな物だという。モロッコだけではなくアフリカ全体に言えることだが、 奴らの辞書には「アルデンテ」という文字は無いのだ。スパゲッティにしてもマカロニにしても、 みんな自立精神が無いというか、疲れきっているというか、とにかくグタ〜としているのだ (ーー;) 思った通りピザにして良かったが、こっちも生地は薄いしチーズがどうもヤギではないかと思われる ような匂いがあり、チョッとくせの有る物だった(モッツアレラとは言わないが、もう少しまともな チーズを使えよな〜)。どうもこんな所でイタリアンを食べようなどと思った事に罰が当たった様だ。 これで25DH(約375円)というのは、少々高いといえば高いと言える。猿でも出来る反省をする。 我々が食事をしていたら隣のテーブルに現地人の若い娘が来たが、スカーフを被らず、ウエーブを かけた長い髪を出していた。着ている服も靴もヨーロッパ的な、なかなかスタイルの良い美人さん だった。暗くなってからこんな店に姿を現すとは、正統派モスレムからみれば不良娘なのだろうが、 なかなかセクシーで魅力的だった。スカーフ頭の女性ばかり見ていると、髪の毛という物の魅力が 良く解り、女の髪の毛をスカーフで隠させたという意味が良く解った (^_^)v 食事が終り、ビールが飲みたいという事に成り“ハッセルブラッド”が知っているという、カスバの 下の「ハッサン2世通り」に面して在るカフェのような薄暗い店へ入った。ビールと言うと、奥の方の 余り人目に付かないブースのテーブルに案内された。モロッコ人でもビールを飲みに来る人がいたが 何となくビールを飲むという事は後ろめたいようで、隠れてコソコソと飲むという雰囲気だった。 ビールはハイネッケンの小型の瓶で200cc ほどしか入っていない物だ。これで20DH(約300円)だから、 日本の居酒屋などよりもかなり高い。ビールだけで気持ち良くなろうと思ったら5本位飲まないと 駄目だろうから、やはりこの国では、酒は高いものに付く(同じイスラムでもトルコは酒天国だ)。 この店を出て、右側のメディナへ入り、適当に上がって行くと、20時48分にゲストハウスへ着いた。 しばらく1階のサロンで話をしていたが、22時09分に部屋へ戻り寝る用意をし22時22分に消灯する。 2007年6月4日(月)晴後曇  シャウエンのカスバ。 5時前には鶏の鳴き声で目を覚ます(この鶏は実に奇妙な声で、けたたましく鳴く奴で、絞め殺して 食べてやりたくなる奴だった)。ウトウトしていたが6時18分に起床する。2人はまだ寝ているので 静に出かける用意をして下へ降り、宿の青年を起し、6時56分散歩をしにゲストハウスを出る。

上のメインストリートを歩いていたら、或る店に人だかりがしていたので覗いたらそこはドーナツ屋 だった。揚げるのをしばらく見ていて2個買ったが、1個が1DH(約15円)だった(この店は少し大きな ドーナツだが、モロッコの相場から見ると少し高い。ドーナツはモロッコの朝食の定番のひとつだ)。 ドーナツは油が多いので、袋ではなく、草か葉を裂いて作った紐に通してくれたが、これはなかなか 良い方法である(街中でドーナツをぶら下げて歩いている姿は良く見掛けた)。ドーナツをぶら下げて 昨日のカフェへ行きカフェオレを注文すると、店の人は、自分がドーナツをぶら下げているのを見て ステンレスのお皿を出してくれた(持込に慣れていることもあるが、なかなかサービス精神がある)。

カフェオレと2個のドーナツで朝食として、一休みすると散歩の続きを始める。「ハマン広場」の端に 新しく出来た銀行と「ペンション・ラ・カステラーナ」との間の道を降りて行くと小さな広場へでる。 広場から左にメインストリートを歩いて行くと「エル・スーク門」へでる。この門も外側から見ると 普通の家へ入って行くような感じに出来ている。この門の前は広場で、そこは駐車場になっていた。

広場を少し行って左に曲り、坂道を降りて行くと「アイン門」前の広場へでる。ここから新市街の幹線 道路である「ハッサン2世通り」を行くと、左側にレトロな感じの建物の郵便局があった。この道を 行くと7時48分に「ムハンマド5世広場」のロータリーへでる。このロータリーの中は公園に成って おり、ベンチなどが置かれていた。ロータリーの周囲にはホテルやモスクなどが建っていた。 ベンチで少し休み、ロータリーの周囲を少し歩いて、8時03分にロータリーを後にする。同じ道を 歩いて「アイン門」からメディナへ入り、何時もの道を通って、8時23分にゲストハウスへ戻る。 若者達はもう起きているので、手持ちの金が心細くなった“ノッポさん”と“ハッセルブラッド”と 3人で、8時43分に両替をするためゲストハウスを出る。先ずは「ハマン広場」の端に新しく出来た 大きな銀行へ行ったら、現金は両替出来るがトラベルチェックは出来ないという。自分は現金を 持っているが“ノッポさん”はトラベルチェックなので、「アイン門」の近くに在る銀行へ行く。 今日は月曜日の朝なので銀行は結構混んでいた。両替の手続きはとても簡単で、自分は旅の後半の 費用として、少し多いと思うが、前半と同額の4万円を両替することにした。2,677DH 来たから入国 した時よりも少しレートが悪く成っている様だ。両替が終ると「アイン門」から最短コースを歩いて、 9時30分にゲストハウスへ戻ったが、この時間に成るともうかなり暑く成って来ている。 みんなはお腹が空いてきたので、朝食をとる事にして10時10分に同宿者全員でゲストハウスを出て、 一昨日サンドイッチを作ってもらった食料品店へ行き、チーズとソーセージを入れたサンドイッチを 作ってもらったが10DH(約150円)だった(これは少し高かった)。何時ものカフェへ行き、カフェオレを 頼んでサンドイッチを食べる。帰りにこの前の果物屋へ行って、アプリコットが美味しそうなので 500g買ったら、5.5DH(約83円)だった(これは結構美味しかった)。10時38分にゲストハウスへ戻る。 ベッドでゴロゴロして皆と話をしたり、ウトウトとうたた寝をしたりして、部屋の中で暑い時間を やり過ごす。少し涼しくなった16時35分に若者3人はバスターミナルへ出かけて行った。明日から 4人ともバラバラに別れて行動を取る事に成るので、各自が行先のバスの時間を調べに行ったのだ。

皆が出かけて行ったので、16時45分にゲストハウスをでて、近くのカスバへ行くことにする。歩いて 3分、16時48分にはカスバへ入って見学を始める。カスバは小さいので余り期待はしていなかった。 しかし中へ入ると広いパティオ(中庭)の周囲には幾つかの建物があり、結構スケールが大きかった。 入口を入って左側の建物はミニ博物館のように成っており、展示物が少し有ったが、大したものでは なかった。それよりもシャンデリアがぶら下がった、吹き抜けのあるこの建物はなかなか良かった。

カスバの入口を入った右側に在る建物の1階は牢獄に成っており、部屋の中へ入ると壁や柱に鎖が 付けられていたが、このような状態で罪人はつながれていた様だ。部屋としてはそれほど広くなく、 余り多くの罪人を収容できない様だった。外階段から2階や3階へ上がると部屋の四方に窓がある、 とても風通しの良い部屋に成っており、居間というよりもサロンとか客間というような感じだった。

 最上階へ上がると四方に大きな窓があり展望台の  ような部屋だった。ここからはシャウエンの  メディナの全貌が眺められるように成っている。  カスバの横には、この町のグランモスクがある。  下からでは解らないが、結構大きなモスクで、  ミナレットは修理のため足場に囲まれていた。  モスクの屋根を見ると、この地方独特の赤瓦で  出来ているが、普通はグリーン系統の瓦を使う。  この瓦を見ているととてもヨーロッパ的である。  ここは見晴らしも良いし、風通しも良いので、  ここは城内に住む人達の憩いの場所だったと  思われる(昼寝をするにはとても良い所と見た)。 一通り見学したので17時08分にカスバから出ると、水を買って17時14分にゲストハウスへ戻る。 しばらくすると若者達が戻ってきたが、空身でもバスターミナルから旧市街までの登りは大変だと 言っていた。20時02分に昨日昼食をとった食堂へ行って、夕食をとることにしゲストハウスを出る。 この前と同じように屋上へ上がったが、やはり先客がいた。照明が暗いが、ここの方が落ち着く。 ケフタが美味しかったので、今回もケフタを頼み、飲物はオレンジジュースをもらった。ジュースは 100%のフレッシュ・ジュースで美味しい。最後に店のサービスで、デザートの小さなケーキがでた。 食事が終り、21時46分にゲストハウスへ戻ると、22時05分からパソコンへ写真の取り込みとデータの 打ち込みを始める。23時40分にパソコンを終わらせ、23時45分に消灯する。明日からはいよいよ旅の 後半戦に入り、また世界遺産巡りの始まりで、4番目の世界遺産であるティトゥアンへ向かう。

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