2007年5〜6月 モロッコ世界遺産巡りの旅 旅日記 其の六 6月5日〜6月6日  白の町ティトゥアン


2007年6月5日(火)晴  世界遺産ティトゥアンへ。

6時20分に起床したが、5時頃にはもう目を覚ましていた。相変わらず憎たらしい鶏が騒いでいる。
7時21分朝の散歩をする為ゲストハウスを出る。この時に我々のフロアーの反対側に居た、重低音の
とてもハスキーな良い声をしている大男の2人組みが出て行った(彼らはミュージシャンのようだ)。

「ハマン広場」から裏路地へ入り、「カハラズィン広場」に面した小さな店で、大きなクレープのような
ナンを売っていた(量り売りに成っており、好みの大きさに切ってくれる)ので、一切れ買ったが
1.5DH(約23円)だった。これを持って何時ものカフェへ行き、カフェオレを飲みながら朝食とした。

8時00分にゲストハウスへ戻ると2人が目を覚ましたので、荷造りを始める。出かける用意が終わり
下へ降りると、自分と一緒に行く“ハッセルブラッド”が待っていた。3日分の宿代を払ったが、
1泊が45DH(約675円)で、個室もドミトリーも同じ料金である。要するにワンベッド45DHということ
だった。8時56分に「ペンション・モーリタニア」をチェック・アウトし「マクゼン広場」へ向かう。

 ここへ来た時にタクシーを降りた所がタクシー  乗場に成っている。我々2人を見送るために  “ベルリン君”と“ノッポさん”が一緒に来た。  2人は本日少し遅いバスに乗り“ベルリン君”は  タンジェへ行きそれからスペインへ渡るという。  “ノッポさん”はメクネスへ行く事に成っており  彼はこれから短いが本当の一人旅に成りそうだ。  直ぐにタクシーが来たので、値段交渉をしたが、  1人5DH(約75円)にはならず、やはり1台が  15DH(約225円)だった。プチタクシーで基本料金  15DHというのは多分モロッコで1番高いと思う。  しょうがないので言い値で乗ることにする。 2人と別れて9時03分に「マクゼン広場」のプチタクシー乗り場からタクシーに乗って町を降りる。 上から降りて行くと本当に急坂であることが解る。9時08分にバスターミナルへ着く。タンジェへ 行くバスがちょうど出る時だったので“ハッセルブラッド”は直ぐにバスへ乗り込んだ。彼も直ぐに スペインへ入るという。彼と別れるとティトゥアン行きのバスがいたので9時11分にバスへ乗る。 ティトゥアンまでのバス代は15DH(約225円)と、とても安かったが、荷物代を5DH(約75円)取られた。 リュックを車内へ持ち込もうとしたら、駄目だと言い強制的にトランクへ入れられたが(後で見たら 入れたのは自分1人だけだった)、どうやら彼らは少しでも多くの金を取る事に専念している様だ。 9時37分にシャウエンのバスターミナルを発車する。しばらくは街道に沿って人家が並んでいた。 所々で数人のお客が乗り込み、9時47分にシャウエンの町を出たが、この頃にはほぼ満員となる。

 バスは快調に走っており、シャウエンから  少し山を降りて行く。しかし、相変わらず  山岳地帯の中を行く街道を走って行った。  しばらく走って行くと左手に湖が見えて  来たが、これは人工湖だろう。左手に湖を  見て少し上り坂になり、峠を越えると  右手に岸壁を持つ山が見えていたが、  モロッコはなだらかな山波が多いので、  このような岸壁を持つ山はとても珍しい。  こつぜんと前方に白い建物群が見えて  来たが、これがティトゥアンの町だった。 遠方からティトゥアンの全景を眺めると、この町はシャウエンよりも大きな町であることが解った。 新市街へ入って行くと、この町がとても近代的な町であることが解る。新市街のメインストリートを 通って行くと、右側にCTMのバスターミナルが在り、左側へUターンすると、左側の高台に上って 行く。ある建物の中へ入っていたが、ここはティトゥアンの民営バスターミナルで11時06分に到着。 明るい外から建物に入ると、中はとても暗くてトンネルの中へ入ったような気分だ。ここは地下室の ように成っている。バスを降りて中央の階段を上り、地上に出る。このターミナルビルは山の斜面に 造られているので、バスは下の道路から入り、人間は上の道路から出入するように成っていた。

上のロビーへ出るとバス会社のブースを一通り調べて、11時15分にこの民営バスターミナルを出る。 先ずはネグラを決めなければ成らないので、第一目標の「ホテル・ナショナル」へ行くことにする。 市内地図で場所は確認していたが、ターミナルビルを出て左へ行き、南北に走る大きな通りを右へ 曲り、最初の大きな交差点から右手を見たらホテルの看板が見ており、あっけなくたどり着いた。 ここは入口から見ただけで、建物は古いが、今まで泊まっていたような「ゲストハウス」ではなくて、 「ホテル」だということが解る。玄関を入ると左側にフロントがあり、誰も居なかったので、正面奥に 在るロビーへ行った。ここは定番のパティオ(中庭)に屋根を付けた明るい大きなロビーに成っており 多くのテーブルや椅子などが置いてあった。自分がロビーへ入ると、係りの老人が出てきたので、 部屋代を聞いて、シャワー・トイレ共同の、61DH(約915円)のシングルの部屋を見せてもらった。 シャワー・トイレ付きの部屋は76DH(約1,140円)だったが、この時は必要ないだろうと思っていた。 その部屋は3階にある67号室で中庭に面した静で明るい部屋だった。定番の洗面台が付いているし、 大きなクロークやコンセントも付いているので良しとして、フロントへ降り宿帳を書く。11時22分に 「ホテル・ナショナル」へチェックインすると、鍵をもらって部屋に入った。部屋はちょうど掃除が 終る処だった。ここは数人の白い服を着た掃除婦が小まめに掃除をしたり、シーツを替えていた。 このホテルへ決めた理由は民営バスターミナルから1番近い(約150m程で、歩いて2分程の距離)と いう事に尽きる。本当はメディナの中の宿へ泊まるというのが、今回の旅の目標のひとつだったが、 ティトゥアンは、メディナの中には宿泊施設がひとつもなく、ホテルは全て新市街にあるのだ。

部屋に入り荷物を広げて一休みすると、早速散歩へ出かけることにして、12時01分にホテルを出る。 まずは中央市場とバスターミナルへ行くことにする。市場の手前の路上には野菜や果物などの露店が 並んでいたので、それらの露店を見ながら歩いて行く。市場の建物はやはり斜面に建てられている ので、道路に面したフロアーには野菜や果物、食料品などの店が入り、下の階には肉や魚などの店が 入っていた。時間が遅いためか、肉や魚などの店は閉まっている所が多く閑散とした感じだった。 中央市場を一通り周ると隣のバスターミナルへ行き、次の目的地であるフェズ行きのバスの時間を 調べる。朝から夕方まで、1時間に1本程度走っているので問題はなかった。このターミナルビル でもバス会社のブースの場所を教えたり、乗るバスを教えて金をせしめようとしている男がいた。

バスターミナルを出ると次は新市街を少し歩いて見ることにする。バスターミナル前の通りを西へ 向かって歩いて行ったが、この通りはこの町の繁華街に成っており、多くの商店などが並んでいた。 少し行った大きな交差点の角に在る「ペンション・プランシプ」の場所を確認する。この安宿はここの 第二候補としておいた安宿である(外見からの判断だが、「ホテル・ナショナル」の方が良さそうだ)。 ここから少し行くと「ムーレイ・メフディ広場」に出るが、ここには大きなロータリーがあり、ここが 新市街の中心に成っているようだ。ロータリーの周囲にはキリスト教会やホテル、レストランなどが 集まっており、なんとなく都会っぽい雰囲気が漂っており、こんな感じはマラケシュ以来である。

「ムーレイ・メフディ広場」から東へ「ムハンマド5世通り」に入ったが、この道が「ハッサン2世広場」 まで続く、この町のメインストリートのひとつで、道の両側には商店やホテルなどが集まっている。 少し行くと「アル・ジャラ広場」という小さな広場の横を通り、王宮前の「ハッサン2世広場」へでる。 この広場は大きくて整備されているが立ち入り禁止に成っており、衛兵が見張りをしていた。王宮は モロッコの主要な町には必ず有り、かなりの数で維持費だけでも大変だろうと思う。モロッコ王室は 少し考えないと駄目だろう。王宮の右側にメディナの入口である「ルアフ門」がある。広場から南側の 端へ行くと映画館があった。映画ポスターなどが貼られていたが、昼間はやっていないようだった。 映画館の前の道を西へ少し行くと、自分の泊まっているホテルが見えて来たので、左に曲り、市場の 近くの露店でキュウリを1kg買ったら、大きな物が4本で5DH(約75円)だった。果物屋でバナナを 買ったが、普通サイズ物が3本で6DH(約90円)だったから、バナナは高くて日本並みの値段である。 買い物をしてから12時52分にホテルへ戻る。買って来たバナナとキュウリを食べて、13時20分頃から ベッドで横になる。少しウトウトしたが完全には眠れなかったので、14時20分にベッドから起きる。

まだ暑い時間だが、出かける用意をして14時38分にメディナの中を散歩するためホテルを出る。 「ハッサン2世広場」の「ルアフ門」からメディナへ入り、道成に適当に歩いて行くと、15時00分には メディナの東側に在る、東の正門とも言うべき「オクラ門」へ着いた。門の手前は露店などが並んで スークに成っていたが、門の外へ出てみると、この門は城塞に成っており、砲台にも成っていた。 門の写真を撮っていたら、老人が近付いてきて、英語でガイドをしてやると言っていたが断わった。 何処の町でも私設ガイドはいなくなってきたが、時々こういう男がコソコソとやって来るのだ。

「オクラ門」から又メディナへ戻り、北の方へ向かって適当に歩いて行くと、このメディナには随所に トンネル状の枝道が出来ている。これらのトンネル状の路地は静で、暑い昼間でも涼しくて良い。 でも人通りが少ないから、若い女性のひとり歩きは危ないかも知れないので、余りお勧め出来ない。 この町のメディナ自体は、シャウエンやエッサウィラよりも大きいが、南北がせいぜい約1q程度で 東西が約1.5qくらいの小さなものだ。どう歩いても直ぐに街壁や門にぶつかるので迷う心配はない。 「グラン・モスク」を通り、適当に歩いて行くと15時18分に東北に在る「シディ・サイディ門」へ着く。

「シディ・サイディ門」から少し引き返し、北へ向かう道を歩いて行くと、「シフリ門」へ出た。門の 北側は大きな墓場(メディナの外の北側が必ず墓場に成っている)に成っており、墓場の中の細い道を 歩いて行くと大きな車道へ出たので、左へ行くと15時38分には「セウタ門」へ着いた。この門が北側の 正門なのだろう。ここは緑の屋根瓦を持つなかなか立派な門だった。門を入ると革製品のスークが あり、その先には木工関係のスークがあった(主に家具を作っている小さな工場が集まっている)。 西へ続くメディナのメインストリートを歩いて行くと、この通りはスークに成っており、この町で 1番賑やかなメイン・スークだった。15時56分にメディナの西北に在る「ノイダール門」へ出る。赤い この門も西側の主要な門のひとつである。門の外へ出ても道は西へ続いておりスークが続いていた。 いい加減な所で引き返して「ノイダール門」から街壁に沿って外側を歩いて行くと16時18分には南側の 「トゥット門」へでた。この門は余りパッとした門ではなかったが、スークへの入口になっている。 門を潜りスークに入ると右側の食料品関係を売っている路地を歩き、王宮の裏側を通って、南側の メディナのメインストリートへ出た。宝飾関係の店を見ながら16時34分に「ルアフ門」へ出る。 この門から南側のスークへ入り、スークをひと回りすると「ルアフ門」へ戻って見学を終らせる。 これだけ歩いていても、この町では外国人旅行者には1人も会わなかったし、又この町には外国人 旅行者を対象としたカフエやレストランが殆どなかった。同じような小さな町でもエッサウィラや シャウエンとはえらい違いで、この町の旧市街はこの土地の人達のメディナであり、スークなのだ。 観光ズレしていない、何もない、ありふれた中世の面影を残すメディナが世界遺産の対象なのだ。 普通の人は「何でここが世界遺産なの?」と理解に苦しむかも知れないが、中世の生活が今も淡々と 続けられている事が貴重なのだ(そういう意味では、余り観光客に来てもらいたくないとも言える)。 中央市場の近くのお菓子屋で、カリントウのような揚げ菓子を蜂蜜に浸けた、モロッコ定番の菓子を 買い、ホテルの近くのスタンドのカフェでサンドイッチを作ってもらった。このサンドイッチは フランスパンの半サイズほどの長さで、中にハム、シーチキン、レタス、ニンジン、玉葱、豆、 ピクルス、フライドポテトがぎっしり入った、とてもボリュームの有る物で、10DH(約150円)だった (このサンドイッチはモロッコで食べた1番美味しくて1番コストパフォーマンスな物だった)。 買い物をして17時04分にホテルへ戻ると荷物整理をしてから、タオルを濡らして身体を拭く。ここの ホテルは、共同のトイレは有っても、共同のシャワーが無いのだ。昔の泊まり客は、ホテルの近くの ハマムへ行くのが慣わしで、古い形式のホテルには共同のシャワー設備が付いていないのだ。 18時05分より音楽を聴きながらパソコンを始めて、20時45分にパソコンを終わらせる。パソコンを しながら買って来たサンドイッチやお菓子を食べた(こういう時サンドイッチはとても便利で良い)。 パソコンを終らせ、ベッドで横に成って音楽を聴いていたら、21時15分頃には寝てしまったようだ。 2007年6月6日(水)晴一時曇後快晴  ティトゥアンのカスバ。 0時05分に目が覚めたので電灯を消し本格的に寝に入る。5時30分目を覚ましウトウトしていたが、 まだ早すぎるので、6時34分に起床する。室内温度は23.6℃と涼しくて爽やかである。用意をして 下へ降り、フロントにいる老人に玄関を開けてもらうと、7時20分朝の散歩をしにホテルを出る。

ホテルを出ると「トゥット門」へ行きスークの中に入る。メインストリートへ行って、昨日目を付けて いた北側の路地へ入って道成に上って行くと、やがて視界が開けてカスバの下へ着いた。街壁の下へ 着くと右側の街壁に沿った細い道を少し歩いてみる。少し行くと物見櫓と古い大砲が置いてあった。 道は更に先まで続いており、この細い道を東へ歩いて行くと「セウタ門」へ出られるようだ。 砲台から引き返すことにし、カスバの下に在る建物の遺跡跡へ7時38分に着いた。ここにはカスバに 付随する建物があったようで、タイル張りの床や噴水、タイル張りの階段や柱などの痕跡があった。 街壁の下を西に向かって少し行くと、街壁の崩れた所からカスバの中へ入れた。カスバの中には広い 中庭が在り、周囲の建物は意外と新しい物のようだった。ここからの眺めがとても良く、町の写真を 撮っていたら、1人の兵士が出てきて、握手をしここから写真を撮っては駄目だという(この兵士は 穏やかで紳士的な人だった)。このカスバの中の、一部の建物には軍隊が駐屯しているようだ。 カスバからティトゥアンの町を見ると白い町だった。白は新市街も旧市街もベースの色に成っており バスで遠くからこの町を見た時はエッサウィラ以上に綺麗だった。西側の門からカスバの外へ出て、 カスバの北側にある道路を東へ行くと、カスバで1番高い物見櫓へ出る。8時08分にカスバの北側の 最高所より降り始めたが、斜面に付けられている踏跡を道成に降りて行くとメディナの中へ入れた。

すぐにスークのメインストリートへ出られたが、そろそろ町は動き出していた。路地には色々な 露店が出ており、そのスークを通り越して、南へ向かって適当に歩いて行くと、8時38分に1番南に 在る「ルムーズ門」へ着いた。この門は南の崖縁に在り、階段を降りて、崖の下に在る公園へ行くと、 遊歩道の木陰にあるベンチで少し休むことにする。背後の崖と前の「ハッサン2世通り」に挟まれた 細長いこの公園は、この町で唯一大きな公園である。座って休んでいると挨拶をして通る人もいた。

8時58分に公園を出て、メインストリートの「ハッサン2世通り」を歩いて行くと、9時10分にCTM バスターミナルへ着いた。ここは町の規模から比較すると、フェズよりも大きなターミナルビルを 持っていた。ついでなのでバスの時間を調べることにしてターミナルビルの中へ入ったが、とても 広く、天井の高いロビーがあり、その奥に切符売場が在った。ここでバスの時間を調べ、ついでに 待合室やホームなども見て回る。大き過ぎて閑散とした感じがするが、なかなか立派な施設である。 そろそろホテルへ戻ることにし、民営バスターミナルを通って、昨日サンドイッチを買ったカフェへ 寄った。半サイズのサンドイッチとカフェオレを作ってもらい、立って食べたが、ここはチョッと 立ち寄ってスナックを食べるスタンドなのだ。食料品店で水を買うと9時34分にホテルへ戻る。 一休みして9時57分からパソコンを始め、データの打ち込みをする。10時50分にパソコンを終わらせ 休憩に入る。11時35分に掃除婦が掃除とシーツのとり替えに来たが断った。12時25分にアザーンが 聞こえてくる。2時間近く休んだし、昼寝をしたくなる様な雰囲気も無いので出かける用意をする。 フロントへ行くと店番をしていた老人が宿代を払えというので、2泊分の宿代を払ったが、ここは 真面目に領収書をくれた(領収書をくれた宿は後にも先にもここだけだった)。13時11分にホテルを 出て又スークを歩くことにする(この町は何も見るような所が無く、スークそのものが見所なのだ)。

メディナへ行く途中、この町に来て初めて欧米人の団体さんと会う。そしてスークの中で中年男性の 個人旅行者1人と会った。又ガイドと一緒の若い4人のグループとも会ったが、この三組がこの町で 2日間に会った観光客の全てだ。当然アジア系の旅行者など1人も居ないので目立っていけない。 暑い日中なのでメディナを歩いている人は少ない。下を見て歩いていると解らないが、上の方を見て 歩くとティトゥアンが白の町と言われているのが良く解る。この町でも日本人が歩いていると、必ず 声を掛けてくる。「コンニチワ、サヨナラ、アリガトウ」は普通なのだが、「ヤクザ、マフィア」などと 言う奴もいる。今日はいきなり「オニワソト」と言った奴がいた(いったい誰が教えたのだ (ーー;)。 ひと回りして14時30分にホテルへ戻ると、ベッドで横になり、少し昼寝をした。15時30分ベッドから 起きてガイドブックを出し、調べものをする。明日の朝1番でフェズへ行くのだが、フェズでの宿を 何処にするか調べ、場所を確認する。幾らか涼しく成って来たので17時11分にホテルを出る。

スークを見て歩いたが、この時間に成ると人出が多くなる。朝の道をたどってカスバまで行き、 景色を眺めていたら、1人の青年が寄って来て話しかけてきた。そして最後にタバコをくれと言う。 「タバコは吸わないので持っていない」と言うとあきらめて帰って行った。中庭から西側にある正門を 出たが、外から見ると、これはなかなか立派な門で、往時はもっと素晴らしかったのだろう。 北側の道を行き、1番高い物見櫓まで行くと、風がとても強く、風を避けて多くの人が座っていた。 カスバの城壁に沿った坂道を降りて行くと見事な作りの櫓があったが、これは軍事的なものでなく、 城の展望台的な塔なのだろう。朝と同じスークの道を歩き、ひと回りすると何時ものカフェにより、 昨日と同じサンドイッチを作ってもらった(朝と、昼と、夕方でパンの種類も中身も違っている)。 買物を終え19時04分にホテルへ戻る。早速身体を拭いたが、この町は涼しいので余り汗はかかない。 19時20分より音楽を聴きながら、パソコンへ写真の取り込みや、データの打ち込みなどを始める。 22時15分にパソコンを終わらせて、23時30分に消灯する。室内温度は24.4℃と涼しくて快適だった。 明日はいよいよフェズへ入る。ティトゥアンは3泊の予定を2泊にしたが、これで良かったと思う。 これで入国時のカサブランカとワルザザードで1泊ずつ削り合計3泊分減らした事になり、その分を シャウエンへ振り替えたのだが、この変更は正解だった。これから先は予定通りに、ひとつの町に 3泊ずつして行くことにしている。フェズとメクネスは見る所が多くありそれでも良いが、その後の ラバトとカサブランカはつまらない町なので、3泊は多すぎるかもしれないと思っている (^^ゞ

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