2009年8月30日(日) 晴一時快晴 暑い休養日。
6時28分に起床すると下へ降りる。2階と1階の温度の差はとても大きく、1階の窓を開けると、
爽やかな冷たい空気が入って来る。テレビのニュースを見たりしていたが、7時20分からパソコンを
始める。そのうち“縄文自由人”も降りて来たので、8時30分にパソコンを終らせると、トーストを
作り、コーヒーを入れて、8時40分から簡単な朝食をとる。我々2人は、朝食はパンでも良いが、
“トクさん”は、朝食はどうもパンよりもご飯の方が好きなようで、お茶漬けを作って食べていた。
2日間歩いたし、明日は屋久島一周を予定しているので、今日は休養日にして動かないことにする。
それと、今日は衆議院議員の選挙が有るので、島でも世間様は余り動きがないだろうと思っている。
一休みすると、9時30分頃から今回屋久島へ来た、第2の目的である、「ホームページ製作講座」を
いよいよ始める事にした。昨年来た時に、色々なフレーム類のサンプルや、タグの定型文など全ての
素材を作ってあげておいた。ホームページのトップページや数種類のタイトルも全て作ってあげ、
後は自分の文章や写真を入れれば良いという状態にしてあるのに、こっちが島から居なくなったら、
知らん振りをして、まったく手を付けずに、放っとらかしにしていたのだ (ーー;)
ホームページ等というものは、当人がやる気に成るか成らないかだけの問題で、一旦スタートすると
意外と続けられるものなのだ。ただホームページの制作運営というものは、何所まで根気良く続けて
いけるかどうかだ。従ってホームページの維持運営は、農耕型性格、A型の人間に適しており、
遊牧型性格、AB型の人間には、余り適していないようにも思える。とにかく長く続ける事が大切だ。
今回は当人もその気に成っているので、昨年作った物を改造してアップロードすることにしたのだ。
開設前に有る程度の文章量と写真の 100枚位は用意しろと言っておいたが、結局写真無しで始める。
リンク集もほんの僅かしかなく、リピーターを作る要素は、今の処日記だけで、これだけはこまめに
アップロードするように言っておく。本当は屋久島の情報を随時書き込んで、情報集を作るのが、
一番だろう。日記は一過性のもので、後に残らないものだが、情報は後に残るし、リピートされる。
12時30分頃に一旦ホームページ制作講座を終えると、昼食の用意を始め、12時50分から昼食をとる。
汗をかいたので、13時25分に風呂場へ行き水をかぶる。13時40分から帰路の移動計画を練り始め、
15時15分には帰りの3日間の移動計画が出来上がり、別府と岡山の定宿へ電話を入れて予約をとる。

“縄文自由人”が「屋久島環境文化村センター」の無料入場券をくれたので、暇つぶしに見に行く事に
して、15時25分に家を出る。日の当たる所はジリジリするほど暑いので、日陰を見つけて歩く。
15時30分に「屋久島環境文化村センター」へ着いた。建物の中へ入ると冷房が効いており気持ち良い。
ここは宮之浦港入口に在る白い大きな建物で、屋久島の生物などに付いての展示館に成っている。
中に入って見学を始めたら、係りの女性が寄って来て、映画をやっているので観ないかと言うので、
映写室へ入った。ここには大きなワイドスクリーンが有り、屋久島の自然などの映像が写されていて
見ていてとても迫力が有る。映画が観終わると展示室へ行き、中央に有る大きな屋久島の地形模型を
使っての説明があった。映写室もここも多くの人が居たが、団体さんが来ていたのだ。どうもここは
パック旅行のコースの中に入っているようだ。団体さんは時間が有るので、ざっと見て引き上げた。
暇人の我々2人はユックリと見て回ったが、展示スペースは小さく、展示物もそれ程多くないので、
あっさりと見終わってしまった。「何が良かったか?」と聞かれても、どうにも答え様がない程度だ。
大型ワイドスクリーンの映像はなかなか良かったので、あえて言えばこれが目玉商品だろう。

16時22分に建物を出ると裏側を通り、建物を一周して海岸線の道路へ出る。しばく港を眺めて、少し
行くと、大きな石碑が立っていた。これは屋久島が世界遺産に指定された事を記念する石碑だった。
ついでなので、環状道路と海岸との間に在る、公園を少し歩いてみた。ここはキャンプ禁止に成って
いるが、昨年はここで野宿をしている人が結構いた(屋久島には何ヶ所か野宿の出来る所がある)。
そろそろ戻る事にしたが、この時間でも歩いているとかなり暑くて嫌に成る。16時51分に家へ戻る。
一息入れて、17時03分に風呂場へ行って水をかぶり汗を流す。一休みして新聞を読んだりしていたが
18時35分に“縄文自由人”と2人で買い物へ出かけた。少し離れた所に在る大きなスーパーへ行く。
19時10分に買い物から戻ると、19時15分から夕食の用意を始め、19時50分から夕食をとり始める。
20時20分からもう1回水をかぶり体を冷し、20時40分頃から第2回ホームページ製作講座を始める。
とにかく反復して体で覚えないと駄目だ(マニュアルを書いてあげても、読まないのだから (^^;)。
23時20分頃にホームページ制作講座を終える。しばらくテレビで衆議院議員選挙の、開票速報を見て
いたが、この段階で民主党が圧倒的な勝利をしており、予想以上である。いい加減な処で見るのを
止めて2階へ行き、0時50分に消灯する。今夜も酷い暑さだが、今年の夜の暑さは去年以上である。
2009年8月31日(月) 曇時々雨又は晴 屋久島一周に雨が降る。
6時25分に起床すると下へ降り、テレビの選挙報道を見ながら、6時50分からパソコンを始める。
切りの良い処で、8時10分にパソコンを終らせて、8時15分から軽く朝食をとる。食事が終わると
出掛ける用意をして、9時14分に屋久島一周をするため家を出る。朝から曇っていたが、この頃に
成るとパラパラと雨が降り出した。平地で雨が降るのに遭ったのは、今回屋久島へ来て初めてだ。
去年は時計回りに宮之浦から安房へ向かって走ったが、今回は逆回りに、永田を目指して環状道路を
走る。屋久島一周は「縄文杉」や「白谷雲水峡」に続く、屋久島第3の見所なのだが、循環バスが無くて
自動車やバイクなどがないと一周出来ないのが欠点で、限られた人だけが楽しめるコースである。
しばらく走ると土砂降りの区域に入る。これは非常に狭い、部分的なもので、直ぐに止む雨だという
ことは去年の体験から分っている。屋久島は一周すると、雨が降っている所と降っていない所とが
まだら模様に成っている。土砂降りの中を走っていたら、“縄文自由人”が植え込みの影でヒッチを
している1人の男性を目ざとく見つけてUターンする。その人は小柄な白人の青年だった。
9時22分に彼を乗せて走り出したが、彼はフランス人で、英語が出来た。話を聞くと歩いて永田まで
行く途中だった。そして一湊海水浴場で降りたいと言っていた。しばらくすると雨の区域を抜出し、
直ぐに一湊海水浴場へ着いたので青年を降ろす。彼はここにしばらくいて、永田まで歩くようだ。

一湊集落を通り越してしばらく走ると、吉田集落を通る。やがて「いなか浜」が見えてきて、9時47分
「いなか浜」の駐車場へ着いた(この付近は雨の降った形跡が無かった)。ここはウミガメが日本で一番
多く上陸する砂浜だという。ここは去年も来ているが、昼間来ても、普通の砂浜で面白くはない。
やはり夜に成って、親亀が卵を産みに来る時とか、子亀が海へ戻る処などを見ないと面白みはない。
しばらく砂浜を眺めたり、写真を撮ったりし、9時53分に「いなか浜」を出て「屋久島灯台」を目指す。

バスの終点である永田集落を通り過ぎると道幅が少し狭くなる。もし天気が良ければ、本当は左手に
永田岳が見えるはずだが、今日は雨雲に隠れている。樹林帯に入り、しばらく走ると「屋久島灯台」の
入口へ着いた。ここから右手の細い道へ入って行くと、10時07分に「屋久島灯台」前の駐車場へ着く。
“縄文自由人”は休ませて“トクさん”と2人で駐車場の横の高台に登ったり、灯台の裏側へ行って
海の写真を撮った。去年は曇っていたのに口永良部島が良く見えていたが、今日は天気が良いのに、
もやっているのか口永良部島が見えないのだ。眼下の海を見ると海流が早く渦を巻く時があった。
一通り写真を撮ると、少し早いが、10時19分に「屋久島灯台」を出る。環状道路へ戻って少し走ると、
10時28分に世界遺産地区の境界線へ着いたが、ここには看板が出ていた。ここからは道路が更に細く
なり、もうバスや大型車などが通れなくなる。ここからが世界遺産に成っている「西部林道」で、
この区間には人家などが一切無い無人地帯である。原生林の樹木が鬱蒼と茂っており薄暗い所だ。

「西部林道」は屋久島の中で一番好きな道路であり、この「西部林道」の地域は、平地で唯一世界遺産の
地域に入っている所だ。去年は土砂降りの雨で、ろくに景色も見られなかったが、今回は天気が良く
十分に楽しめる。少し走ると、10時35分に鹿と猿の群れに会う。一緒に仲良くいる姿は初めて見た。
鹿も猿も、地面に落ちている木の実の様な物を食べていたが、それをみんなで食べているのだ。車が
近づくと、親子連れの鹿は少し警戒して道路から林へ入って行ったが、猿たちは車を無視している。

猿たちがいるので一旦車を止めて写真を撮ったが、後続の車も直ぐに止まって動物たちを見ていた。
対向車も猿たちがいるので、前へ進めなくて止まってしまった。ここは猿と鹿の天下で、人間たちは
遠慮して「通させてもらっている」という雰囲気である。この付近は猿と鹿がとても多く、猿と鹿が
仲良しなのだ。野生の猿と鹿のツーショットなどというものは、なかなか見られるものではない。
おそらくこの「西部林道」が、猿と鹿の密度が高く、会えるチャンスの多い所だろう。この地区は餌が
豊富なのだろう。そして、ここが世界遺産地区なので、人が住んでいない事もひとつの理由だろう。
しばらく走ると、11時14分に世界遺産の境界線を出る。森林が切れて、ここからは明るい道に成る。

海岸線に沿った道を
走り、次の見所である
「大川の滝」へ向かい、
11時18分「大川の滝」の
駐車場へ着いた。
ここは屋久島の人気
スポットなので数台の
車が停車していた。
滝壺まで行って写真を
撮ったが、今年は水が
少なく、去年は右側に
流れていた、薄くて
幅の広い流れが無い。
本流の滝は若干水量が
少ないが、それでも
流石に貫禄が有る。
滝壺付近には多くの
トンボが飛んでいた。
滝を十分に堪能して、11時42分に「大川の滝」を出る。環状道路へ出て少し行くと、左側の山の斜面に
水場があった。ここは「名水」といわれているが、少し飲んでみるとなまぬるく、味もイマイチという
感じで、白谷雲水峡や、縄文杉へ行く山の中の、沢の水の方が遥かに冷たくて美味しい水だった。

「大川の滝」から少し走ると、環状道路から右へ外れて、11時52分に「栗生海岸」へ着く。ここは、前回
寄っていない所だ。何所にでも有りそうな、小さな砂浜と磯から出来ている海岸で、ここで泳いで
いる人もいた。沖を行く漁船を眺めていたが(今日は天気が良いのか、地元の漁船を良く見かける)、
とても蒸し暑いので、いい加減な処で引き上げることにして、11時58分に「栗生海岸」を出る。

環状道路へ出て少し走ると、12時05分に「中間ガジュマル」へ着いた。ここのガジュマルは大きくて
とても絵になる木だ。定番の写真を撮り、12時12分に中間集落を出る。途中から環状道路を外れて、
進行方向右側の細い裏道へ入る。ここにもそれ程大きくはないが、数本のガジュマルがあった。
12時25分に「平内海中温泉」の小さな駐車場へ着いた。海岸へ降りて行くと三人組の女の子がいた。
みんな試しに温泉へ足を入れていたので、自分も少しお湯を触ってみたが、結構温度が高い。満潮に
成って海水が入ってくると、温度が下がり、ちょうど良い湯加減になるのだろう。ここは無人で、
温泉に入る人は100円を箱へ入れるように成っていた。車へ戻り12時36分に「平内海中温泉」を出る。
12時45分に平内集落の環状道路に面した或る食堂へ着き、ここで昼食をとることにした。去年食べた
美味しかった食堂は、残念ながら今日は休みだという。自分と“縄文自由人”は「豚キムチ丼」という
無難な物を注文したが、これは当たり外れの無い物だった。魚好きの“トクさん”は屋久島の特産品
であるトビウオの「塩焼き定食」を頼んだが、トビウオはイマイチの様だった(トビウオは竹輪などの
練物か、煮干の様に干してダシとして使うのが普通で、煮魚や焼魚では余り食べない魚だ)。
我々が食べていたら、若者のグループがやって来たが、この付近では食堂が限られており、旅行者が
食事の出来る所は限定されているのだ。食後一休みすると、13時27分にこの食堂を出て次へ向かう。

少し走ると又しても或る所で右に
曲り、畑の中の細い道を行くと、
右手に小さな教会が見えてきた。
13時37分にシドッチィ神父の上陸を
記念する教会へ着いたがこの付近は
何も無い所だ。ここは、去年は来て
いない所で、初めての所である。
教会の内庭にはアーチ型の記念碑が
建てられていた。この教会は無人で
礼拝など、特別な日だけ開く様だ。
ここから少し行くと道は突き当たり
小さな駐車場というか広場があり、
シドッチィ神父上陸記念碑がある。
広場には車が1台おり、先客がいるようだった。ここは岬の様で、左手に海岸線へ降りる遊歩道が
在った。その遊歩道は降りずに右手の崖の上から海を眺め、細い道を先へ進み、岬の突端まで行く。

ここから対岸の島や海岸線の磯が眺められるが、ここの磯や岩はなかなか良い。シドッチィ神父は
選りによって、こんな条件の悪い磯へ上陸しなくてもよいものにと思ってしまう。イタリア人の彼が
日本の武士の格好をして上陸したというが、そんな格好をしても直ぐにバレテしまうのに。結局彼は
江戸へ護送され、幽閉されたまま一生を終えたというから、何の為に日本へ来たのか分らない。
午後から天気が悪くなり完全に曇ってしまい、とうとう雨が降り出した。すぐに本降りになったので
車へ乗り込み、13時48分にシドッチィ神父上陸地を出る。環状道路へ戻ると次は「千尋の滝」を目指し
雨の中を走って行った。雨は土砂降りだったが、この雨も、例の地域性の高い狭い範囲の雨と読む。

坂道を少し上り、展望台のある駐車場へ14時22分に着く。雨は少し小降りに成っていたが、傘を
さして「千尋の滝」を見に行くことにする。お土産屋の建物から少し行くと、左手に「モッチョム岳」の
登山口が在る(ここから先は世界遺産地区だ)。ここから少し行くと「千尋の滝」の展望台へ着いた。
雨が降っているので、この先へ行くのは止めにする。雨が降っていると、どうも滝もスッキリとは
見えず、長居は無用の様で、ここから写真を撮って車へ引き返すことにした。雨が降っているので、
景色も見えないだろうから、展望台へ上がるのも止めにする。14時30分に「千尋の滝」を出る。
ここから少し行くと、やはり雨は止んでおり、更に行くと雨の降った形跡も無かった。15時05分に
「松峰橋」へ着く。ここは去年来て、とても景色が良かったので、今年も来て見たが、カヌーは余り
動いていなかった。我々が橋の上から谷底を見ていると、やはり景色を見に来た車が1台いた。
写真を撮ると、15時09分に「松峰橋」を出る。これで屋久島一周の見所は全て見たので帰る事にする。
“縄文自由人”はドラッグストアーで買物をすると言うので、その店へ行ったが、自分は、ここは
初めての店だった。新しいとても大きな店で、食料品なども、生鮮食品以外は、色々と揃っていた。
米など色々と食料品を買い、このドラッグストアーを出ると、真っ直ぐ走り、16時11分に帰宅する。
一休みして、16時35分から風呂場で水をかぶる。16時45分頃から休憩に入ったが昼寝はしなかった。
17時45分に休憩を終える。そして18時00分からホームページ制作講座を始める。とにかく時間が
無いので、最低限のことだけは教えてマスターしてもらわないといけない。中断して夕食の用意をし
19時20分から夕食をとる。一休みすると講座を再開し、21時30分にホームページ制作講座を終える。
21時50分にもういちど風呂場へ行き水をかぶる。その後はテレビを見ながらインターネットをする。
2階へ上がり、明日は島を出るので、或る程度荷物をまとめて、0時47分に消灯する。昼間は雨が
降ったり、曇っていたので、建物の蓄熱量が少なく、今夜は今までで一番涼しくて寝やすい。
2009年9月1日(火) 曇後晴一時雨 いよいよ島抜けを決行。
6時41分に起床すると、何時もの様に下へ降り、6時55分からパソコンを始める。“縄文自由人”も
降りてきたので、7時40分にパソコンを終らせると、7時50分から何時ものパターンの朝食をとる。
後片付けをして一息入れると、8時30分から最後の、駄目押しの、ホームページ制作講座を始める。
11時15分にホームページ制作講座を終える。後は自習をしてもらうよりしょうがないだろう。もし、
分らない事が有ったらメールで質疑応答することにした。“縄文自由人”が髪の毛を切ってくれと
言うので、11時35分から床屋を始める。髪を切り終わると、出掛ける用意をして、荷物を車に載せ、
少し早いが、11時58分に“縄文自由人”の家を出て、途中で昼食をとり、港へ行くことにする。

12時03分に宮之浦港入口に在る、大きなお土産屋のレストランへ行き、今日のお昼の定食を頼んだ。
今日は刺身やアラ煮だったが、アラ煮がとても美味しかった。一休みして、12時44分に食堂を出る。
レストランから車に乗り、12時48分に宮之浦港フェリー・ターミナルビルへ着いた。
早速ターミナルビルに入ったが、中はそれほど広くないし、窓口も小さかった。乗船カードを書いて
「屋久島2」の乗船券を買ったが、2等は 3,200円だった。この「屋久島2」は、鹿児島から屋久島へは
4,200円だが、屋久島から鹿児島へは3,200円と安くなっており、「屋久島丸」と同じ料金にしている。
これは「屋久島丸」よりも出航時間が遅いので、鹿児島へ着くのが夕方に成るから、その分ハンディを
付けているのだろう。従って、今回は両方のフェリーに乗ってみよう、と思っていたので、行きは
「屋久島丸」にし、「屋久島2」は料金の安くなる帰りにしたのだ(これは誰でも考え付くことだろう)。
待合室にはお客が結構いた。船の写真を撮りたいので外へ出て、船の方へ行くと、もう乗船できる
ようなので“縄文自由人”と別れ、そのまま乗船することにした。乗船口には女性の案内係がいて
乗客を誘導していたが、「屋久島2は屋久島丸よりもランクが上だな〜」という事を感じさせていた。

12時54分に「屋久島2」へ乗船すると、中央には吹き抜けの広いロビーがあり、螺旋階段があった。
受付のフロントが有ったりして、そこは一見ホテルのロビー風である。このロビーを見ていると、
この船はまるで客船という雰囲気だった。この船が「屋久島丸」よりも、船賃が高いのは納得できる。
我々の2等船室へ行くと、やはり幾つかに区切られたカーペット敷きの部屋になっている。我々は
窓際の或る区画へ入り、隅に荷物を置くと、場所を確保する。さっそく船内探検へ出かけることに
した(初めて乗る船は、これが楽しいイベントである)。船室を出た所に貸毛布のロッカーが有った。
まだ開いていないが大きな売店があったし、自動販売機も色々な種類があった。螺旋階段を上がって
一番上の階へ行くと、応接間の様なサロンがあり、ここは誰でも使用して良い事に成っているので、
2等に乗って、ここで過ごすというのも、ひとつの方法である。船内は冷房が効いており快適だ。

そろそろ出航時間に成ったので、そのまま甲板へ出てみる。若者たちも大勢出ていた。13時29分に
宮之浦港を出航する。岸壁を離れると船は反転し、舳先を外洋に向ける。ターミナルビルはこうして
見ると、小さいが結構良い建物である。防波堤を出る頃には、左手遠方に矢筈岬が見えていた。船は
防波堤を出るとスピードを上げ巡航速度になる。次第に宮之浦の町が遠ざかって行き、島を離れる。

島から遠ざかると一旦部屋へ戻り、2階に風呂があるというのを聞いているので、風呂場へ行って、
13時43分からシャワーを浴びる。脱衣場も椅子などが置かれており、なかなか良く出来ていた。
風呂場も結構広かったが、湯船にはお湯が無く、シャワーだけが使えた。若者達が6〜7人入って
いたが、皆キャンプをしていて、帰りにシャワーが浴びれるというので楽しみにしていたのだろう。
この船には洗濯機も用意されていたが、僅か4時間の航海で洗濯をする人がいるのだろうか?
キャンプなどをしていた人が、船に乗っている間に身包み全部を洗濯するのには良いかも知れない。
部屋へ戻ると、14時15分から休憩に入る。横になったが、少し昼寝をする。昼寝から目が覚めても
しばらく横に成っており、15時40分に昼寝より起きる。我々の部屋に一組のペアーがいたが、この
2人は白谷雲水峡の太鼓岩で一緒だった人で、写真を撮ってあげた人だ。2人は四国に住む人で、
フェリーで車を運び、車で島の見物をしていたという。本日鹿児島へ着いたら別府まで走るという。
彼女は縫いぐるみのマスコットを持っており、見所の要所要所で、マスコットを入れて写真を撮って
いたが、インドで会った世界一周をしているペアーも同じことをしていた(流行っているのかな〜)。

曇っているので開聞岳や長崎鼻が近づいても、行きの様にスッキリとした姿を見せていなかった。
やがて鹿児島湾へ入り、17時29分に鹿児島南埠頭へ着岸した。タラップを降りて17時33分下船する。
南埠頭ターミナルビルから鹿児島中央駅へ行くバスは走っておらず、とりあえずシャトルバスの出て
いる高速船のターミナルビルまで行くことにし、歩いて17時41分に高速船のターミナルビルへ行く。
「ドルフィン150」の時刻を調べると、次の
バスは18時だった。少し時間があるので、
冷房の効いたターミナルビルの中で待つ
ことにする。もう高速船の運行は終わって
いるので、ターミナルビルは空いていた。
窓から外を見ると、桜島の方から黒雲が
湧き上がり、ドンドンと広がり、急に夜の
ような暗さに成る。そのうちポツポツと
大粒の雨が落ち出してきたが、やがて
本降りの雨になった。この雨は典型的な
スコールで長続きはしないだろうと読む。
そろそろ時間が近づいたので外へ出てバス乗場へ行くと、数分後にバスが来たので乗り込み、定刻の
18時00分に高速船ターミナルビルを出る。雨はこの頃から急に酷くなり、土砂降りに成った。この
降り方はまったくスコールだが、冷房の効いたバスの中に居ると、豪雨も高見の見物の対象である。
この「ドルフィン150」は150円の均一料金に成っており、この港付近をグルグル回って市内の繁華街を
通り、鹿児島中央駅前まで行く。多少時間は掛かるが、なかなか使い勝手の良いバスである。
18時24分に鹿児島中央駅東口へ着いた時は、もう雨は小降りに成っていた。バス停から屋根の有る
通路を歩き駅ビルへ入る。コンコースを通り、西口に出ると雨は殆ど止んでいた。慣れた道を歩き、
角のコンビニへ寄って、今夜食べる弁当やアルコール類を買い込む。今夜は女将さんが居ないので、
楽しみにしていた夕食は無いという(スタッフが1人の時は時間が無いので夕食が作れないという)。
18時38分にゲストハウス「鹿児島リトルアジア」へ着く。スタッフの青年が居て、宿代を払い、この前
泊まったドミトリーの部屋へ行く。今回も入口の直ぐ近くの下段を選び、リュックを荷物棚へ置く。
18時46分からシャワーを浴びると、パソコンを持って談話室へ行き、19時10分からインターネットや
パソコンを始める。スタッフの青年は「この部屋のクーラーが壊れてしまった」と言い扇風機を回して
いたが少し蒸し暑い。お腹が空いてくると、買ってきた物を食べながらパソコンを続けていた。
酔いも回って来たので、切りの良い処で、22時03分にパソコンを終らせた。部屋のベッドへ戻ると、
少し早いが、22時05分に寝ることにする。この部屋は冷房が効いているので、とても快適に眠れた。