デンデラ ハトホル神殿



  「デンデラ」はルクソールの上流約50qの西岸、エナの町(エナ県の県庁所在地)から南西に
  約4qの所に在ります。デンデラにはかつてハトホル神殿、イヒ神殿、ホルス神殿などが
  ありましたが、殆ど破壊されてしまい、現在まともに残っているのはハトホル神殿のみです。
  エジプトでは幾つかの神殿や葬祭殿を見て来ましたが、屋根(天井)がほぼ完全に残っており、
  屋上に上れた神殿はここだけでした。

  ハトホル神殿はとても大きな建物で、古代神殿の中では最も保存状態が良く、ほぼ完璧な形で
  残されている素晴らしい建物です。この神殿の裏(南)側の壁には、プトレマイオス朝最後の
  女王であるクレオパトラ7世とシーザーとの間に生まれた、息子のカエサリオンのレリーフが
  彫られているので有名です(これはクレオパトラの数少ない肖像画のひとつです)。

  この神殿の敷地の中にはプトレマイオス朝末期(BC30〜50年頃)に建てられた誕生殿の他に、
  ローマ支配時代に建造された建物(コプト教会や誕生殿、診療所)などが同居しておりました。

  アビドスのセティ1世葬祭殿と、ここのハトホル神殿は保存状態が良く、原型を良く留めた
  素晴らしいものです。ギザとかルクソールとかアスワンの様に有名でない事と、在る場所が
  不便なので、余り観光客が訪れなく忘れ去られていますが、ルクソールに在る神殿などよりも
  とても素晴らしく、世界遺産として保存し、後世に末永く残すべき神殿です。

  この地区は治安が余り良くないので単独行動をとらない方が良いでしょう。ルクソールから
  タクシーや車をチャーターするか、エナの町からタクシーをチャーターすると良いでしょう。
  ここはアビドスへ行く途中に在るので、アビドスとこのデンデラを1日で周ると効率的で、
  車のチャーター料金も安く済みます。朝早くルクソールを出れば、日帰りで見学が出来ます。

  エナの町にはホテルが有りますが、あえてこの町に泊まるよりも、ルクソールに泊まった方が
  何かと都合が良いでしょう。遺跡の入口にレストハウスが1軒有りましたが、営業はどうも?
  エナ駅付近には食堂が数軒ありますし、スーク(市場)もあります。エナの町に立ち寄らない
  のなら、ビスケットやパンなど携行できる食料品や飲み水は持参した方が良いでしょう。  


 ハトホル神殿の正門

 正面参道を進んで行きますと
 ローマ時代に造られた正門が
 立っており、その前には
 広場(キオスク)があります。

 泥レンガで造られた周壁は
 崩れていますが、石造りの
 正門だけは残っていました。

 門を入った正面には前庭を
 もつ神殿が建っていますが、
 目に付くのは正面に立つ、
 6本の大きな「ハトホル柱」で
 柱の上部にはハトホル女神の
 頭部が飾られています。



 大柱列室

 建物の中へ入ると、そこは大列柱室に
 なっています。中央の通路を挟んで
 両側に3本ずつ一列に6本並んでおり、
 それが3列、合計18本並んでおります。

 それぞれの柱の上部にはハトホル神の
 顔が彫られております。ハトホル神には
 色々な属性が有りますが、「愛の女神」と
 言われており、ギリシャでは美の女神
 アフロディーテと同一視されています。

 この列柱のレリーフはなかなか見事な
 ものですが、残念ながら彩色が殆ど
 薄れていますし、一部破損しています。

 この列柱室の特徴は天井がある事です。
 殆どの神殿は天井が落ちてしまい、
 柱だけしか残っていないのが普通です。

 列柱室の壁や天井にはレリーフが彫られ
 天井には天体図が描かれていますが、
 これは日本等の古墳に共通しています。



















       レリーフ(1)               レリーフ(2)

 神殿の前室や至聖所などの壁や天井には、多くのレリーフが描かれておりますが、それ程ひどく
 破損されておらず、なかなか素晴らしい物です。だがアビドスに在るセティ1世葬祭殿の様に、
 綺麗に彩色が残っている物は殆どなくて、色が残っていても、全体に色が薄れておりました。
 しかし部分的には綺麗に彩色が残っていました。いずれにしても素晴らしいレリーフです。



 屋上から見たローマ時代の誕生殿

 この神殿の大きな特徴はルクソール
 などに在る神殿や葬祭殿などと違い
 屋根が落ちていないという事です。

 したがってこの神殿は屋上へ上がる
 事が出来るとても貴重な神殿です。

 これは屋上から北側の前庭方面を
 見た処ですが、遠くの周壁の近くに
 在るのが、ローマ時代に造られた
 誕生殿です。手前に在る建物は、
 時代が少し若いですが、やはり
 ローマ時代に建てられたコプト教
 (東方キリスト教)の教会です。




  崩れた周壁と門

 屋上から見た東北側の
 周壁ですが、周壁は泥を
 日干しにして作った物で、
 風化して崩れていました。
 門だけが石で造られおり、
 原型を留めております。

 周壁の規模からみますと、
 神殿はとても広い神域を
 持っている事が解ります。





 屋上のハトホル神殿

 これは屋上の片隅に建っていた
 小さなハトホル神殿で、12本の
 「ハトホル柱」が立っていました。
 他にイシス神殿も在りましたが、
 これはあのローマ皇帝ネロが
 造らせた物だといわれております。

 ハトホル神殿の屋上に何故
 この様な小神殿を造ったのか
 理由が良く解りません。正式な
 イシス神殿はハトホル神殿の
 裏側(南側)に在ります。

















       ローマ時代の誕生殿            コプト教会の十字架

 ローマ時代に造られた神殿の正門を入りますと、参道の右側には四つの建物が並んでおります。
 手前からローマ時代の誕生殿、次がコプト教の教会で、3番目に在るのがプトレマイオス朝の
 誕生殿(1番原型を留めている)、そして1番奥に在る4番目の建物がローマ時代の診療所です。

 ここに診療所や教会が出来ていたという事は、当時多くの参拝者(見物客=観光客)がこの神殿を
 訪れていた事を物語っています。教会にはコプト教の十字架が彫られていますが、十字架の形は
 現在のカトリックやプロテスタントと違い、東方教会独特の物でエジプト等でよく見られます。


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