カオ・プラ・ウィハーン遺跡



「カオ・プラ・ウィハーン遺跡」はタイのカオ・プラ・ウィハーン国立公園内に在ります。この公園は
ムアン・シーサケート郡の南約98km、国道 221号線の終点に在り、この公園には11世紀頃のクメール
王朝時代の遺跡が数多く残っています。この遺跡はコーラート高原の南縁モーイーデーン岩壁地域の
赤色の岩崖が続くドンラック(ダンレク)山地に在ります。タイ国のシーサケート県と、公園の南部は
カンボジアのプレア・ヴィヒア州との国境に接して在り、山頂の崖の上に造られています。

「カオ・プラ・ウィハーン」公園の名前は、カンボジア語の「プノム・プレア・ヴィヒア」のタイ語の
発音に由来しております。「カオ」とはタイ語で「山」とか「丘」などを意味しており、カンボジア語では
「プノム」です。「プラ」はカンボジア語の「プレア」と同様の意味を持ち、サンスクリット語の「ヴァラ」
から来ており「最高のもの」という意味が有ります。「ウィハーン」はサンスクリット語の「寺」もしくは
「本堂」を意味する「ヴィハーラ」に由来しております。従ってタイ語の「カオ・プラ・ウィハーン」や、
カンボジア語の「プノム・プレア・ヴィヒア」とは「最も優れた山寺」という意味に成ります。

「カオ・プラ・ウィハーン遺跡」は1962年、国際司法裁判所によって寺院遺跡のカンボジアへの帰属が
決定されましたが、公園内周辺 4.6平方キロの土地の帰属については、いまだにタイと係争中です。
とくに、2008年にこの遺跡がユネスコの世界遺産へ登録されてからは両国の紛争が続いております。

「カオ・プラ・ウィハーン遺跡」へ直接行ける公共バスは有りません。国道を走る路線バスで近くの
町まで行っても、そこからはタクシーをチャーターしなければ成りませんが、台数が少ないので、
少し離れていますが、近くに在る大きな町ウボン・ラーチャターニーかシー・サケートでタクシーを
チャーターして行った方が良いでしょう。どちらの町もバンコクから列車やバスで行けます。

この遺跡付近では、泊まる事は出来ませんが、食事をしたり、食料品や飲物を買うことは出来ます。
宿泊するのはウボン・ラーチャターニーかシー・サケートにするとホテルも多く有り良いでしょう。
遺跡への入場料はタイ側とカンボジア側の両方から徴収され、タイ側では森林管理料も取られます。

「カオ・プラ・ウィハーン遺跡」は、タイとカンボジアの国境紛争地域なので、軍事的に不安定な時は
遺跡へ入れない事が有ります。入れるかどうかバンコクで事前に確認してから行く必要が有ります。




       寺院入口の階段           階段の両脇にはナーガが置かれていた  「カオ・プラ・ウィハーン遺跡」は、タイとカンボジアの国境に連なるドンラック山脈にあります。  この寺院は9世紀から12世紀に掛けて造られたと思われます。クメール王朝文明が残した遺跡の  中では最大の山岳寺院で、ここにはヒンズー教の最高神であるシヴァ神が祭られていました。  遺跡は丘の頂上に在るため、山を登らなければ成らないので、寺院の入口から階段を上らないと  いけません。入口からの階段は、幅が広くてなかなか立派なもので、階段の左右には台座があり、  この台座の上にはナーガの彫刻が飾られていたのでしょう(現在はごく一部しか残っていない)。

        第一楼門(1)                 第一楼門(2)  カオ・プラ・ウィハーン遺跡の構造は、入口から山の頂上にある主祠堂へ向けて、北から南へと  階段と長い参道と4つの楼門が在ります。急な階段を上りきって、参道を少し歩いて行きますと  第一楼門が在ります。この楼門は壁や屋根が崩壊して柱だけしか残っていませんが、柱だけでも  ここがどのような規模で、どのような形の楼門だったのか、推測させるものが有ります。

       第二楼門への参道              修復されていないリンガ  第一楼門からは、砂岩を敷き詰めた広くて長い参道が続いていますが、この寺院の参道の長さは  総延長約 900mあります(ちなみに、アンコール・ワットの参道は約 700mです)。参道の幅は広く  両側には、クメール様式寺院の参道の、定番と成っている、リンガ(男根)をかたどった灯籠状の  飾が並んでいますが、殆どが倒れたり壊れたままの状態で放置されており、修復されていません。  参道から外れると、そこは地雷埋設地域になるので、安全のために看板が立てられていました。

     第二楼門の手前に在った池              第二楼門  参道を歩いて行きますと参道の突き当たりに第二楼門が在りますが、その手前の左側には、人工の  長方形の池が在りました。階段状になったこの池の造りからして、ここで参拝者は沐浴や、手足を  清めていたのでしょう。ここには獅子の彫像が飾られていたのでしょうが、放置されていました。  第二楼門は第一楼門に比べて原型をとどめていますが、かなり崩壊が激しく、楼門への階段は  歩く事が出来ず、仮設の階段が作られていました。造りは第一楼門とはまったく違っています。

       本殿への第三楼門             横から見た第三楼門  第二楼門から続く参道を少し行きますと、やはり一段高い所に第三楼門が有ります。この楼門が  寺院の境内への入口に成っています。十字形に造られた楼門の左右には、シンメトリーに大きな  回廊の在る建物が造られていましたが、ここの建物にはクメール様式の彫刻が施されていました。

      第四楼門の梁の彫刻           回廊の中庭に転がっていた部材  第四楼門は本殿への入口の門で、神殿の一部と成っており、形式も今までの楼門とは少し変わって  います。ここに飾られているレリーフなどは、とても手の込んだ素晴らしい物で、踊るシヴァ神像  などが有ります。楼門の右手には大きな長方形の壁に囲まれた何も無いスペースが在りましたが、  ここは神官など人間のためのスペースのようです。楼門の先には拝殿の様な建物が有り、神殿の  中庭には破風や梁などの部材が転がっていましたが、どれも見事な彫刻が施されていました。

      本殿を囲む回廊の内側            外から見た本殿を囲む回廊  神殿最奥部の中央主祠堂の周囲には、東西31m、南北42mの回廊がめぐらされています。幅の狭い  もので、実際に入って歩いてみましたが、実用の廊下というよりも飾り壁みたいな物のようです。  回廊から外へ出て回廊の背後へ行きますと、そこは絶壁に成っており、崖の下にはカンボジア側の  平原が広がっていました。左遠方にはラオスの丘陵地帯を見ることが出来、ここが約 650mの山の  上に在るという事がよく分ります。ここの地形から見て、崖から上がタイ領土で、下がカンボジア  領土という線引きが出来ている様ですが、現在は紛争中でまだ決着が付いていません。

        本殿(中央主祠堂)            崩壊しかけた中央祠堂の壁  中央主祠堂はアンコールワットと同じ構造で、周囲に連子格子(れんじごうし)の窓を持っており、  中心部分の砲弾形をしていたはずの主祠堂は上部が崩れていました。この主祠堂の崩壊は激しく、  まだ殆ど手付かずの状態ですが、ある意味で修復される前の姿が見られて良かったと言えます。  この寺院は北から南の高みへ向かって、一直線に真っ直ぐに延びるという配置があり。この寺院が  「天国へ続く道」という、ヒンズー教山岳寺院の究極の構造を示していることが良く分ります。

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