福建省客家土楼・南靖県書洋郷



  福建省南靖県は永定県とともに客家土楼の多い地区です。南靖県は永定県よりも平野部が多く
  山岳部もどちらかというと低い丘陵地帯です。南靖県の土楼は永定県よりも新しく、20世紀に
  入って作られたものが多くあります。平野部に住み着いたというのは少し平和な時代に成った
  現れでしょう。南靖県の多くの土楼は永定県の土楼建築職人が指導して造られたと言います。

  南靖県で土楼がたくさんあり、見物の対象となる村は「書洋郷」と「梅林郷」です。特に多いのは
  書洋郷から梅林郷へ向かう川沿いと、書洋郷から永定県へ向かう山越えの山間部にある集落に
  多く見られます。又南靖県(山城鎮)から書洋郷へ向かう街道沿いにも幾つか見られました。

  ここでは南靖県において代表的な土楼を取り上げておきます。書洋郷では塔下村にあります、
  土楼ではありませんが「張氏家廟」を、同じく下坂村の「裕昌楼」、田螺坑村の五つの土楼群、
  そして梅林郷では璞山村にある「和貴楼」、長教村の「懐遠楼」の5ヶ所を取り上げていました。

  南靖県の土楼見物のベースキャンプとなる所は書洋郷だと言えます。書洋郷へは厦門や漳州
  から永定、下洋、古竹行きのバスが通っています。また南靖県(山城鎮)からは1時間に1本の
  ローカルバスが出ています。村には中国人用の旅館や食堂、商店が数軒あり、露店も沢山出て
  いました。この付近では1番大きな村なので、贅沢を言わなければ長期滞在も可能でしょう。



 墓の上から見た張氏家廟

 これは塔下村にあります
 張氏の祖先を祀る家廟で、
 この村の人は皆張さんです。

 ここは山間部の谷間にある
 ありふれた小さな村ですが、
 村の規模から見ますと
 とても大きく立派な家廟と
 広い敷地を持っています。

 この家廟は「徳遠堂」と言い、
 明の末期に造られました
 なかなか立派な建物でした。


















      張氏一族の石旗杵             張氏家廟(徳遠堂)の入口

 家廟の前に造られた庭の、人工の池の側には、多くの石で出来たポールが立てられていますが、
 これは「石旗杵」という物で、科挙試験に合格して進士(役人)と成った人が記念に立てた物です。
 最近では華僑として外国で事業に成功し、村に貢献した人も立てています。ポールの飾りにより
 武官(先端に獅子が乗っている)と文官(先端が丸く成っている)が解るように成っています。

 家廟の造りは何処でも似ていますが、大きな家廟では、廟の前を塀で囲い前庭が作られており、
 横に作られた門から入っていきます。屋根にはとても鮮やかな多くの飾りが付けられています。
 これら各村の「家廟」は、村の一族の先祖を祀る所なので、村人が共同で造り、管理しています。




 内側から見た裕昌楼

 「裕昌楼」は直径36mの中型の
 円楼で、300年以上の歴史を
 持つ古い円楼(楼主は1308年
 に出来たと言うが、これは
 疑わしい)です。老巧化して
 柱などが15度傾いており、
 建物の上部を歩きましたが、
 危険性が有ります (^_^;

 この円楼の特徴は5階建てで
 円楼としては珍しい物です。
 又普通の土楼では共同井戸が
 1~4程作られていますが、
 ここは1階の各台所に専用の
 井戸が作られていました。




 展望台から見た田螺坑村

 「田螺坑村」は山の中腹に在る
 小さな集落で、中央にある
 方楼を囲んで四つの円楼が
 取り囲んでおり、山の上から
 見ますと土楼の構成がとても
 綺麗で有名に成りました。

 最近、国家重点文物に指定
 されましたが、土楼としては
 小さくしかも20世紀に入って
 造られた新しいものなので、
 建築物としては平凡で、余り
 見るべき物は有りません。






















     各土楼の入口にある臼と杵          中庭の中央にある井戸

 田螺坑村の各土楼の大門を入った所には石造りの大きな臼と杵が置かれていました。足踏み式の
 かなり立派な物で、各土楼の共有物なのでしょう。中庭の中央には共同の井戸が作られており、
 祖堂は大門の対面に作られていました。土楼は3階建なので、高さが低く、中庭は日当たりが
 良くて明るい感じがしました。小さな集落ですが、観光化の波が押し寄せて来ていました。




 正面から見た和貴楼の全景

 「和貴楼」は5階建の方楼で、
 1732年に建てられました。
 湿地という珍しい立地条件の
 所に建てられております。
 方楼の高さは21.5mあり、
 とても高い建物です。

 前面左右に平屋の建物が、
 正面には塀が作られており、
 前庭が作られています。
 左右に在る建物は学堂で
 私塾が置かれていました。





























     下から見た和貴楼の内部          上から見た和貴楼の内部

 和貴楼は140の部屋を持ち、現在100名以上の簡氏一族が住んでいます。四隅に階段が作られて
 上り下りをしています。居住部分は普通の土楼と同じ4階までで、5階へ上がってみましたが、
 そこは物置(棺桶が数個置かれていた)で、殆ど使用されておりませんでした。

 和貴楼は古い建物の割りに手入れが良く行き届いており、保存状態は良い方で綺麗な土楼です。
 この土楼は2001年6月25日に国家重点文物(中国の国宝)に指定されています。




 懐遠楼の全景

 「懐遠楼」は4階建ての中型の
 円楼で直径は38mあります。
 20世紀の初頭に建てられた
 円楼で、綺麗な建物です。

 この土楼の特徴は、円楼には
 珍しく、内側に祖堂と一緒に
 学堂が作られています。

 この円楼は136の部屋があり
 行った時は簡氏一族が120人
 ほど住んでおりました。





▽永定県高頭郷へ▽    ●世界遺産の目次へ●    ★HOMEへ★