
円形の城塞の石垣。
この石垣はトロイが一番繁栄していた
「第Y市(紀元前1800〜1275年)」の物です。
ほぼ円形に二重に城壁を巡らし、
ここに造られた歴代の城塞都市としては
最大規模を誇っています。
トロイの各年代の石垣や城壁を見ますと
いずれも低くて薄いという感じで、
殆ど実戦的でない日本の城よりも、
更に脆弱で、本格的な籠城などが出来る
城塞とは思われませんでした。

初期の頃の石垣。
この石垣は初期(第U、第V市)の頃の
石垣で、小さな石を簡単に積み上げた
だけの物で、規模の大きい塀程度です。
当時の集落は小さく、城壁の直径は
100m前後でした。人口もそれ相応の
数だったと思われます。
住んでいた民族も、侵略して破壊した
民族も誰だったのか解っていません。

トロイの遺跡の年代層。
ここは各年代のサンプルとされている所で、
各地層の所には年代を書いたプレートが、
置かれていましたが、複雑に絡んでいます。
中央アジアなどでもそうですが、
人間はかつて町の在った跡を整地して、
その上に新しい町を造る習性が有ります。
土地など幾らでもあるのだから、近くの
別の場所へ造ったらと思いますが、
色々な理由が有るのでしょう。

石畳の坂道。
これは新しい物で、完全な状態で
しっかりと残っていました。
まるで最近作られた物の様に見え、
時代を感じさせないものでした。
石畳の坂道は荷馬車や騎馬などが
そのまま城塞の上段のテラスへ
登れるように造られたものです。

新しい時代の居住遺跡。
ここは城塞の中心部から少し離れた
所に在る住居区のようです。
竈や井戸などが残っていました。
「第[市(紀元前700〜334)」時代か、
「第\市(紀元前500〜334年)」時代の
ものと思われます。
ここは後にアナトリアやギリシャ、
ローマから人が来て住み付いたので
ヘレニズム時代、ローマ時代、
ビザンティン時代などの遺構が
数多く残っています。

ローマ時代の小オデオン。
「第\市(紀元前500〜334年)」時代の
オデオンですが、こんな可愛い劇場を
見たのは初めてでした。さしずめ
現代で言う処の小劇場でしょう。
こんなに小さくても円形劇場の形式を
きちんと守っており感心しました。
オデオンは闘技場や劇場よりも
往々にして小さな物ですが、
この規模からしてこの町のおおよその
人口が察せられるというものです。